ヒョンビン「『キム・サムスン』と『シークレット・ガーデン』で訪れた人気絶頂期?幸運な時間だった」

ヒョンビン「『キム・サムスン』と『シークレット・ガーデン』で訪れた人気絶頂期?幸運な時間だった」

写真=ロッテエンターテインメント

一言をしゃべっても重みのある言葉を話す。慎重に、言葉に念を入れるような話し方。ゆっくりで低い声だが、伝えようとする脈絡は明確で、その中には力があった。空気に溶け込むヒョンビンの静かな声を少しでも逃さないため、インタビュー途中、何度も姿勢を直して彼と向き合った。実際に会ったヒョンビンは想像の中のヒョンビンとあまり違わない、微細な波動を持つ男だった。もちろん、そのことが嬉しかった。

「逆鱗」の中の正祖(チョンジョ:朝鮮王朝の第22代目の王)もヒョンビンとあまり違わない男だ。むしろ、ヒョンビン独特の雰囲気が「逆鱗」の正祖を彼だけの独創的なキャラクターに作り上げたと話した方が正しいだろう。暗殺の脅威に直面した若い王を通じて、ヒョンビンは3年間の空白を静かに破った。新しいスタートラインに立ったヒョンビンと、正祖と、より深くて強くなった俳優と会ってきた。

―以前、「『シークレット・ガーデン』は自分の満足よりはファンが幸せになれる作品をやりたいと思って出演を決めた」と話したことがあるが、「逆鱗」はどうなのか?自分の満足とファンの幸せのうち、どれが作品の選択にもう少し影響を与えたのか?

ヒョンビン:個人的に出演したいと思ったし、この作品を通じて伝えられるメッセージがあるという判断もあった。映画を見る観客が正祖のような君主像を望むだろうと思った。

―つまり、「逆鱗」は合意点を見つけて選んだ作品ということなのか?

ヒョンビン:そうだ。「シークレット・ガーデン」の時は様々な悩みがあった。ある日、改めて僕のフィルモグラフィーを見たら、「僕はこれまで自分がやりたいと思った作品ばかりやって来たかもしれない」と思えた。僕は自分が選んだ全作品に商業的な要素があると思っている。たぶんその映画を制作したり、映画に参加した人々も同じ考えだっただろう。多くの観客が見てほしいという願いをこめて作品をつくることは、みんな同じであるはずだから。ただ、興行的に成功しないと、その作品はマニアドラマ、もしくはアート映画になる。だが、自分も知らないうちにマニア的に愛される作品、演技的な部分がより多く語られる作品を今までずっとやって来た。

―結果的にそれが俳優ヒョンビンが持つ武器になった。

ヒョンビン:ハハ。そうだ。僕が作品を選ぶ基準はたった一つ、シナリオだけを見る。シナリオ以外、他のことは全く見ないが、「シークレット・ガーデン」の場合、その基準にもう一つが追加されたことになる。僕がやりたかったのもあるが、ファンが望む作品に出演しようとも思った。

―先ほど、君主像を言及した。映画に出てくる「中庸」のメッセージのことだと思うが、現在の社会状況と時期的にぴったり合う部分がある。

ヒョンビン:そういう部分が確かにある。

―観客が時代劇を好む理由の一つは、そんな痒い部分を掻いてくれるからだと思う。それで、多くの観客が正祖というキャラクターにより多くの関心を示しているのだろう。だが、俳優の立場ではどうか?映画のメッセージが社会状況とぶつかることは俳優にとって負担になるか、もしくはその反対になると思う。

ヒョンビン:「小さなことも無視せず、誠意を尽くさなければならない。小さなことにも誠意を尽くせば変わる」という「中庸」23章は簡単であるようだが、難しい言葉である。些細な状況での考え方までも変えてしまう言葉だ。その台詞が今の時代にどのように働くのかは別として、またこの映画との関係とも別として、多くの人が知ってほしいという願いがあった。僕もその言葉を実際の生活に適用しようと努力している。

―デビュー初めは実際の年齢に比べ、年齢が高いキャラクターを主に演じた。そうするうちに、自分の年齢と合うキャラクターを演じるようになり、今回は30歳を超えているのに20代の王を演じた。年齢より成熟したキャラクターを演じることと、年齢より未熟なキャラクターを演じることにはどんな違いがあるのか?

ヒョンビン:作品の中で「僕がもう少し大人っぽく見えなければならない」とか「若く見えなければならない」と努力したことはない。負担も持っていない。それはシナリオでの状況が自然に作ってくれることだと思うからだ。あ、それでも話し方には気を使う。若い人々が話す速度や語尾の使いは大人のそれと違いが大きいからだ。若い人の話し方を初めて演技に取り入れたのが「シークレット・ガーデン」だった。過去に戻ったキム・ジュウォンを演じる時、語尾の使いにたくさん気を使った。

―芸能界の先輩たちと親交が深いことで有名だ。年上の人と仲がいい場合、自分も大人っぽくなるか、逆に愛嬌を振りまいてより子どもっぽくなるかの2つに分かれると思う。人々が思うヒョンビンは前者だと思うが。

ヒョンビン:そうだ。僕の性格上、大人っぽい部分がある。活発な性格でもない。働き始めた頃は今よりもっと内気な性格だった。撮影が始まる時に「おはようございます」、終わった時に「お疲れ様でした」と話すことが精一杯だった。仕事する上で役立つ性格ではなかった。そうするうちに先輩たちに会って、アドバイスをもらって、良い影響を受けながら少しずつ性格が変わった。さらに大人っぽくなった部分もある。僕より1、2歳上の兄さんではなく、10歳ぐらい差がある兄さんたちだから、やはり大人っぽくなる(笑)

―その集まりの末っ子に俳優キム・ウビンを合流させたいと話した発言が話題になっている。

ヒョンビン:あ、それは……実はそれで困っている。僕はただ先輩たちがキム・ウビンさんについてたくさん褒め称えるのを聞いて、どんな人なのか気になって連絡を取ってみただけだ。良い人と会うことは嬉しいことじゃないか。僕がキム・ウビンさんの意思を聞いたわけでもないのに、そんな記事が出て申し訳ない。それに、他にも良い後輩は多いのに、その後輩たちが誤解したかもしれない。僕たちは組織でもないし、ただ気の合う人同士が時間がある時に会って趣味活動をする集まりだ。それなのに、まるで人を選んで集まっているように思われている。同じ仕事をする俳優なら、誰でも参加できる集まりだ。

―普段、何人ぐらいが集まるのか?

ヒョンビン:多い時は20人以上集まる。イム・ハリョン先輩やアン・ソンギ先輩、キム・ヨンチョル先輩、キム・サンギョン先輩も来る。でも、毎回特定の人だけが取り上げられるから、誤解されているようだ。

―俳優として一生に一度だけ経験するのも難しい絶頂の瞬間を、ヒョンビンは二度も味わった。「私の名前はキム・サムスン」(以下「キム・サムスン」)と「シークレット・ガーデン」だが、トップに立っている時、ヒョンビンはその瞬間を楽しむタイプなのか、それとも自分自身により厳しくなるタイプなのか?

ヒョンビン:正直、2005年の人気は楽しむ余裕がなかった。あまりにも突然だったからだ。「どうしたんだろう?」と思っているうちに、それが通り過ぎた。そうやって5年という時間が経って、「シークレット・ガーデン」の時は「キム・サムスン」の時と似たような、もしくはより大きな声援を受けた。最初はそれを知らなかった。撮影する時に秘書役で出演した(キム)ソンオ兄さんから「今半端じゃないよ。『キム・サムスン』の時よりもっと反応が大きいと思う」と言われて、「何かの間違いじゃない?『キム・サムスン』の視聴率は本当に高かったから!」と話した。だが、後からソンオ兄さんが話したことが合っていることが分かった。

―ヒョンビンという人自体に対する関心が以前よりさらに熱くなったから。

ヒョンビン:本当にそうだ。「キム・サムスン」の時はオールドミス関連の社会的な話題などが反映されて人気が高かったが、「シークレット・ガーデン」の時はキャラクター自体に関心が高かった。ドラマの後半になった頃、ようやくそれに気づいた。でも、その時はある程度楽しんだと思う。ただ、短かった(笑) もっと楽しめたらよかったのに、僕は計画通りに軍隊に行って、今このように除隊した。そんな時間を送れたことは俳優として本当に幸運だと思っている。だが、それはそんなに重要なことではない。

―重要ではないということは、人気に一喜一憂しないという意味なのか?

ヒョンビン:いつか落ち着くだろう。人気も、関心も永遠に続くものではないと分かっている。大衆の人気が落ちていく速度も、作品の余韻を吟味する時間もどんどん短くなっているような気がする。そうだとしたら、人気のためではなく違う姿を見せるために、絶えず新たなことに挑戦した方がいいだろう。そんな意味で人気は重要じゃないと思う。

―それでは、ヒョンビンが重要だと考えるものは?

ヒョンビン:以前、ある先輩が僕に「これだけの位置(トップ)からいつか落ちるなら、いっそのこと一度に大きくこけた方がいい。そうなることで、何が間違ったのかを早く判断し、再び立ち直れるきっかけを作ることができる。でも、緩やかにゆっくりとこけたら、自分が何を間違ったのかが掴めず、油断するようになる」と話してくれた。そんなことを知っていること自体がすごく大事だと思う。人気に振り回されずに演技をしたら損害も、傷も少ないし、演技変身の幅もはるかに広くなると思う。

―今、いっそのこと一度に大きくこけた方が良いと話した。そういう意味で、今「逆鱗」をめぐる酷評も悪くはないと思う。俳優にとって酷評も重要だと思う。もちろん、どうしてそんな酷評が出たのかを知って次に進むことと、知らずに進むことには大きな違いがあるだろう。

ヒョンビン:そうだ。酷評も重要だ。残念な点や間違った点に関する評価はもちろん受け止めなければならないと思う。受け止める姿勢も持っている。だからといって、すべての酷評を理解したくはない。酷評も結局は考え方の違いなので、全ての酷評には共感できない。昔、「シークレット・ガーデン」の時、初回が放送されてから僕の知り合いたちにアドバイスを求めようとメールを送ったことがある。その時、「間違った部分や修正する部分があったら教えてください」というメールに、ノ・ヒギョン先生から「直さなければならない部分を先に探すのではなく、上手くやったことについて自分を褒めなさい」という返事が来た。最近、その意味についてよく考える。

―「上手くやったことを先に褒めなさい」という言葉が何だかぐっとくる。

ヒョンビン:ドラマ「彼らが生きる世界」の時、ノ・ヒギョン先生は撮影が始まる前にすでにシナリオを全部書いておいた。初めての台本読み合わせの時、俳優たちに4冊の台本を渡して、その次からは週に2冊ずつ渡してくれたが、その時もそんなことをおっしゃった。「シナリオに間違ったことがあってもそれは今私がすぐに直さなければならない問題ではない。それは私の次の作品に投げかけられた課題だ」という話だった。その言葉の意味が今になってようやく100%理解できそうな気がする。今の酷評で早い時間に答えを探そうとするよりは、深く何度も考えて次の作品で解決していく方がより賢明な気がする。その時、観客が「ヒョンビンの演技が変わった」と感じたら、今のこの悩みが意味のあるものだと思う。今はそんな時間を送っている。

―それでは、「逆鱗」で褒めてあげたい自分の姿は?(笑)

ヒョンビン:その状況で僕ができることは僕なりに全部やったと思う。正祖として表現したいことについてたくさん悩んだ。僕にとっては決して簡単ではない作業だった。実在した人物で、偉大な業績を残した王として話される人物なので、映画に虚構が加わるとしても完全にフィクションのように演じたくはなかった。それで体を鍛えることや馬に乗る姿、台詞のトーンなど、すべてを相談して、研究して、修正して、熱心に頑張った。それができたもう一つの理由は、しばらくの間僕が演技から離れていたからだ。仕事の大切さに改めて気づいた後、初めてカメラの前に立った作品なので、以前の作品とは心構えが少し違った。それで「逆鱗」は興行や評価は別として、個人的に非常に特別な映画だ。そのように努力した自分を褒めてあげたい。

―「逆鱗」関連のインタビューで話したことを見たら、「ヒョンビンだから背負わなければならない荷物」「ヒョンビンだから期待が大きかった」など、「ヒョンビンだから…」という話が多かった。それを読んだ瞬間、実際ヒョンビンはそんな視線についてどう感じているのだろうかと気になった。本当に自分が負わなければならない重さだと思ったのか?

ヒョンビン:「ヒョンビンの復帰作」「ヒョンビンの正祖」にフォーカスが当てられていると思った。だが、「逆鱗」は正祖に関する物語ではない。丁酉逆変(王の暗殺を企てた反乱)に関わったすべての人物が主人公である映画だ。だから、どんな視線や観点で見るかによって物語が完全に変わる可能性がある。たぶん「正祖の映画」と思って映画を見た観客は裏切りを感じただろう。正祖の感情を追って映画を見ているのに突然フラッシュバックになったり、再び集中しようとしたのにストーリーが違う方向に流れてしまうからだ。映画関連のインタビューが仕方がない状況によって延期されたが、俳優や監督が映画について説明する機会がもう少し早くあったら、誤解の幅を少しは縮められたと思う。

―それでは、今の「逆鱗」は予想した結果なのか?

ヒョンビン:僕は十分予想した結果だ。だから、この映画は単純に「面白い、面白くない」の問題ではないと思う。映画を見る観客の好みや選択など様々なことが混ざって色んな話が出ているようだが、「逆鱗」をまだ見ていない方、あるいはこれから見る観客にこの映画は正祖一人だけの話を描いた映画ではないということを必ず話しておきたい。

―軍生活はどうだったのか?海兵隊員キム・テピョン(ヒョンビンの本名)は他の海兵隊員と同じ基準で軍生活ができたのか?

ヒョンビン:その点においては一緒に生活した仲間たちにすまないと思っている。入隊の時、軍隊の高位関係者たちの視線が僕に集中した。事件や事故が絶対に起きてはならない状況だった。特別扱いの議論もあってはならなかった。同じ訓練をやってもヒョンビンだけに緩やかな基準を適用するという話が出たら、あの方たちの立場でも困難になるからだ。それで、多くの方が考えていることとは完全に逆な軍生活だった。むしろ、より厳しかった。それで、僕と一緒に生活した仲間たちがかなり苦労した。

―列外のようなことはなかったのか?(笑)

ヒョンビン:ハハハ。なかった。僕自身もそんなことが嫌いだ。海兵隊にはIBS訓練(海上攻撃の訓練)というのがあるが、その訓練を受ける時にアキレス腱に問題が生じた。アキレス腱炎症という診断が出た。それで、(訓練から)外される指示を受けたが、僕は諦めたくなかった。訓練がある程度進んだ状態だったし、個人的に恥ずかしいとも思ったので、結局最後まで訓練をやり遂げた。

―もし芸能兵士として軍服務をしてたら、海兵隊員キム・テピョンとして除隊した時と今が違ったと思うのか?

ヒョンビン:完全に違ったと思う。芸能兵士になっていたら、また違う経験ができただろう。でも、僕が計画したことはできなかったはずだ。当時の僕は徹底的に自分に集中したかった。自分の仕事から一歩離れたかった期間でもあった。それなのに、もし芸能兵士になったら、自分が計画していたことから完全に外れただろう。明らかに違ったと思う。

―自分だけではなく、自分が属していた世界についても客観的な視線で見つめる時間を軍隊で持ったと思う。

ヒョンビン:完全に第3者の立場では見つめられなかったが、そんな時間を持とうと努力した。俳優としての人生を振り返った時、演技は高校の時に好きで始めたことだった。もう少し専門的に知りたいと思って演技関連の大学に進学し、その後、映画のオーディションを受けて映画を撮り始めた。長い間望んできた仕事をやるようになったわけだ。それで、僕は常に自分が好きで演技をしていると思っていた。でも、ある瞬間、好きだったことが本当に“仕事”になっていることに気づいた。「仕事だからやろう」と思っていた。それで、軍隊にいる間、演技を始めた時の感情をたくさん思い浮かべた。それで、「逆鱗」に対する愛着が強かった。そんなことを考えた後、社会に出て初めて臨んだ映画なので意味が大きい。

―ヒョンビンの20代は熾烈で忙しかった。

ヒョンビン:そうだったと思う。もちろん、仕事ばかりして20代を過ごしたわけではない。1年365日を演技のことだけ考えて、撮影だけしたわけではないから。でも、大半が仕事に関する思い出だ。個人的な思い出はあまりない。それは人間ヒョンビンにとってはあまり良くない人生だと思う。一方を失ったから、違う一方が成果を収められた部分もきっとあるはずだが、30代はその幅を縮めたいと強く思っている。仕事の中で個人的な喜びも満喫するようになりたい。

―2008年に出演した映画「私は幸せです」になぞらえて質問すると、ヒョンビンは今幸せなのか?

ヒョンビン:最近は幸せをたくさん感じている。好きな仕事をまたこのようにやっているから、より幸せを感じているんだと思う。

―あ、“ヒョンビン公共財説”を聞いたことがあるのか?みんなが一緒に共有すべきだと言われているが。ハハハ。

ヒョンビン:ハハハ。僕は“公共財”から外してほしい。先ほど話したことの延長線である。個人的な人生と俳優としての人生の間の幅を縮めたいと思っている。また、そうすべき時期だと見ている。結婚もしたいし、結婚するためには異性と会わなければならない。だが、考えてみれば、俳優は本当に皮肉だ。俳優にとって一番大事なのが経験なのに、この職業に携わることで最も遮断されるのがまた経験である。経験は少なくしているのに、演技は大きなことを見せなければならない。演技がリアルに見えないと、観客は失望する。結局、俳優の仕事はそれをどうやって上手く調節するかの戦いであるような気がする。30代の時はそのバランスを上手く取りたい。

記者 : チョン・シウ、翻訳 : ナ・ウンジョン