【SUPER JUNIORデビュー10周年記念 Vol.1】ローテーショングループから韓流帝王になるまで

 【SUPER JUNIORデビュー10周年記念 Vol.1】ローテーショングループから韓流帝王になるまで

SUPER JUNIORが特別な10周年を迎えた。SUPER JUNIORは16日、デビュー10周年記念のスペシャルアルバム「DEVIL」をリリースした。これに先立ち、11日と12日の2日間、ソウルオリンピック公園体操競技場でワールドツアー「SUPER SHOW 6」のアンコール公演を開催し、華麗な10周年パーティーの序幕を開けた。ローテーショングループから、韓流帝王になるまで、SUPER JUNIORは10年の間どうやってトップスターになったのだろうか?

SUPER JUNIORが歌謡界に登場したのは、2005年11月6日だ。アジアの登竜門という壮大なスローガンの下で誕生したSUPER JUNIORは、初の大型グループ、初のローテーショングループという修飾語を持つ実験的なグループだった。デビュー曲「Twins」もかなり実験的だった。当時、流行していたヘアスタイルを12人が一斉にした姿は、デビュー曲のタイトルのようにまるで双子のようで、強烈なサウンドが大衆性とはほど遠かった。なじみが薄かった。

「Twins」では強烈さを披露したが、後続曲の「Miracle」では爽やさを見せ、ギャップのある魅力を披露しはじめた。その後、SUPER JUNIORは2006年度にリリースした「U」で初めて音楽番組で1位を獲得し、本格的に人気を集めた。キュヒョンを迎え入れた後は、ローテーションシステムではなく、13人組グループとして定着しようとしたのもSUPER JUNIORの人気が上昇した要因だった。その後、SUPER JUNIORは「Sorry, Sorry」「BONAMANA」など、フックソング(何度も同じフレーズを繰り返す歌) ブームを巻き起こしながら国内外を行き来しながら、より高まった人気を誇示した。

初の試みだったユニット活動もSUPER JUNIORの人気の秘訣だった。トロット(韓国の演歌) ユニットSUPER JUNIOR-Tはバラエティ番組で親近感をアピールし、バラードユニットSUPER JUNIOR-K.R.Y.は隠れた歌唱力を認められた。中華圏ユニットSUPER JUNIOR-Mは、SUPER JUNIORの世界的な人気を率いた。これ以外にも10年間、SUPER JUNIOR-HAPPPY、SUPER JUNIOR-D&E(ドンヘ&ウニョク) 、キュヒョンのソロ活動など、バラバラ&一緒に成功した。

SUPER JUNIORの成功で歌謡界は多人数グループとユニットグループ活動に違和感を感じなくなった。SUPER JUNIORが積み重ねてきた土台は9人組のガールズグループ少女時代に続き、多くのアイドルグループが大型グループを活用したパフォーマンスとメンバー別の特徴を生かしたユニット活動を繰り広げ、歌謡界に多様性を加えた。

各バラエティで見せた親近感ある姿はSUPER JUNIORのロングランの秘訣だった。2007年度にSUPER JUNIORのメンバーがレギュラー出演したSBSバラエティ「日曜日は楽しい-人体探検隊」は、イプドク(ファンやオタクに入門する) 番組だった。13人という大型グループにふさわしいパフォーマンスの強烈さとバラエティ番組で見せた親近感はどんでん返しの魅力を形成した。現在もSUPER JUNIORはMC、バラエティ、演技、ミュージカルなどで活躍を繰り広げている。

SUPER JUNIORは最初から役者、MC、DJ、モデルなど専門分野で活躍した。万能エンターテイナーグループを標榜した。SUPER JUNIORの活発な活動と共に今は個別活動とグループ活動を並行する“バラバラ&一緒”の戦略は当たり前のことになった。SUPER JUNIORにとってアイドル出身というレッテルはほとんどない。SUPER JUNIORは演技大賞、バラエティ大賞、歌謡大賞ですべて賞を受賞したアイドルでもある。アイドルの歌手以外の活動に対する偏見を壊してくれたグループだ。

活動期間が長かっただけに、多事多難だった。ハンギョンの離脱とカンインのミス、メンバーたちの相次ぐ入隊とソンミンの結婚まで、人気に影響を与えるかもしれない出来事が10年間相次いで起きた。それにもかかわらず、SUPER JUNIORは倒れなかった。むしろ多人数グループで着眼した活発なユニット活動と個人活動、各種バラエティ番組で見せた飾らない姿がSUPER JUNIORの活動に力になった。メンバー1人がやむを得ない事情で参加できなくても、残りのメンバーたちがその空席を埋めようと努力し、参加できななったメンバーはより成長して戻り、力を加えた。リーダーイトゥクは、7thアルバム「MAMACITA」の発売記念記者会見で「僕が立ち直ることができるのか、もう一度活動できるのかを悩んだ。でも、メンバーたちが僕が立ち直れるように力を貸してくれた」とし、SUPER JUNIORのメンバーへの愛情を伝え、涙を泣かした。

多事多難だった10年間を後にして、SUPER JUNIORは堂々と韓流帝王になた。初めてユニットグループを試み、台湾KKBOXで121週間連続1位を獲得し、ワールドツアー「SUPER SHOW」を120回公演し、累積観客数が180万人にのぼる。SUPER JUNIORの歴史を見ると、K-POPの歴史が一目でわかるほどだ。デビュー10周年を迎えるSUPER JUNIORは、今後10年、20年間活動を続けながらK-POPでどんな修飾語を付けることができるだろうか? 今やっと10年が経った。

記者 : パク・スジョン、写真 : SM エンターテインメント・SBS画面キャプチャー、翻訳 : チェ・ユンジョン