PSY、キム・スヒョンからmiss A スジ、ヨ・ジングまで…2012年「10asia」アワード“15人の王”

PSY(サイ)とその他大勢。もしかしたら2012年のエンターテインメント界をまとめるには、この一言で十分なのかもしれない。もちろん、ユ・ジェソクは依然として健在で、カン・ホドンも静かに戻ってきた。しかし、従来の長所を維持していくだけでも手ごわい一年を送った多くの地上波バラエティ番組は、過去を乗り越える何かを見せられず、別格な面白さや斬新な面白さを見つけることは簡単ではなかった。だが、それにも関わらず、今年、自分ならではの魅力と興味深い挑戦で多くの人々の目と耳と心をつかんだ、もしくは荒んだ思いと不吉な行跡でそれを見守る人々の眉をひそめさせた人物15人を「10asia」が記録した。

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写真=TENASIA

思い出王 H.O.T.

オッパ(兄の意。女性が親しい年上の男性やスターを呼ぶ呼称)が再び“ホット”になった。tvN「応答せよ1997」に“トニーオッパ”が“ポカリ(当時のトニー・アンの車のニックネーム)”に乗って登場した瞬間、今は大人になった往年の少女ファンたちはみんな“アンスン夫人(トニー・アンの本名であるアン・スンホにちなんで自分がトニー・アンの妻という意味)”ソン・シウォン(A Pink チョン・ウンジ)に夢中になったからだ。H.O.T.であれ、Sechs Kies(ジェクスキス)であれ、オッパたちのポスターが破れると、自分の心はさらに破れてしまい、オッパたちがチャートで1位になると、自分が1位になったことよりもっと喜んでいた頃、“私書箱”で活動スケジュールを確認し、先着順の当日販売でコンサートチケットを買うために真冬の中、銀行の前で一晩中並んでいたその時の純粋な情熱は再び戻ってこない。しかし、「応答せよ1997」はH.O.T.で代表される第1世代アイドルファンダム(特定のファンの集い)の文化を愛情のこもった視線で描き出し、その経験を共有する人々の思い出を呼び起こした。また、tvN「Saturday Night Live Korea」(以下「SNL KOREA」)で“トンヒョク”(トニー・アンとチャン・ウヒョク)は、自ら二次創作小説の名場面を再現しながら衝撃的なファンサービスを見せてくれたのだから、“全て成し遂げた”と言えるのではないだろうか。

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発明王 キム・ビョンマン

魚釣り用の網、缶詰の食器、木と牛のフンの練り物でできた家、パラソル、ココナッツ皮の水かき、半自動の銛、いかだ、ジャングル弓、サランラップの水中めがね、椰子の茎の雨水受け、蔓の滑車など。これらすべてはキム・ビョンマンがSBS「ジャングルの法則」で作った物の中の“一部”だ。「ジャングルの法則」チームは1年以上バヌアツ、シベリア、マダガスカルなど、現代の文明とは程遠い奥地だけを探索したが、キム・ビョンマンは劣悪な条件でアイデアと勢いだけでサバイバルに必要なものを見つけ出したり、発明した。そして、それはこれまでKBS「ギャグコンサート」の「達人」コーナーやSBS「ニュー!日曜日は楽しい-Kiss&Cry」を通じてよく表れていた彼の努力とはまた違う領域の能力であったため、さらに衝撃であった。そのため、毎回新しい分野において予想を超える活躍を見せてくれるキム・ビョンマンこそ、毎年新たに照明を当てるべき喜劇人ではないだろうか。

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販売王 キム・スヒョン

年暮れる時期になり忘れがちだが、今年上半期にはいわゆる“キム・スフォン(キム・スヒョン+「太陽を抱く月」でキム・スヒョンが演じたイ・フォン)シンドローム”を起こしたキム・スヒョンがいた。シットコム(シチュエーションコメディ:一話完結で連続放映されるコメディドラマ)と学園もの、話題作の子役を経て、いたずらっ子のような少年の顔に人生の影を落とし、ついに鋭敏な王とおぼろげな男の表情まで獲得し、しみじみと成長してきた彼は、「太陽を抱く月」を通じて、可能性の領域から認定の世界に飛び立った。そして、青春スターになった彼には、台本だけでなく数多くの広告契約書も一緒に注がれた。上半期だけで20に近い広告をとったキム・スヒョンがビールとカメラから柔軟剤とゼリーまで様々な品目を包含しながら“ビッグモデル”として浮かび上がることができたのは、彼が抱いている少年と男の境界線だけでなく、特有の柔らかさが市場で幅広く訴求されているという意味だ。ただ、「先輩、さわやかだと思います」という言葉で耳が赤くなり、“勇敢な”歌に手足が縮むことは、お姉さんたちが喜んで甘受すべき恥ずかしさであろう。

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そう?王 キム・ジュンヒョン

今年キム・ジュンヒョンがKBS「ギャグコンサート」で最も著しい存在感を示したのは、身長180センチ・体重120キロという身体的条件のせいだけではない。「非常対策委員会」で照れ臭い瞬間が訪れる度に高らかに「そ~う?」を叫んで状況をもみ消していた彼は、コーナーの始めの頃は素朴な「そう?」で始め、段々声色を変えながら「そおおおおう?」の境地に至る音の進化を見せ、ついに通信事業、キムチ冷蔵庫、ボイラーのCMを席巻した。また、「女性たちはなぜ、太い男が嫌いなのか!」という挑発的な質問を投げかけながら登場したコーナー「4つ」では、「気持ちだけはほーっそりしている」という結論に至るまで、細やかな告白と演技力で観客を引き付け、笑うと弓のように曲がる口と人懐っこく曲がる半月目を持つ彼が、ほっそりしていなくても心温まる男に見えるのは不可抗力であろう。しかも、ミュージカルナンバー「時が来た」では、リズミカルなドラム演奏をを見事にこなし、実は哲学を専攻するなど、意外な魅力で武装したこの男、しかし余りにも深くはまるのはやめよう。KBS「リアル体験プロジェクト-人間の条件」で5年間付き合った恋人に電話した時の愛嬌がちょっと……

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速度王 Busker Busker

Mnet「SUPER STAR K3」の優勝者はULALA SESSIONだったが、今年上半期を支配したのは準優勝者Busker Buskerのデビューアルバムだった。教育ローンと就職ストレスに押さえつけられながら生きる数多くの韓国の20代の現実は、いつの間にか青春やロマンから離れてしまい、メジャー市場ではその世代の物語を盛り込んだ音楽すら探し難い大変な時期に登場した「桜エンディング」と「麗水(ヨス)の夜の海」が、まるで春のトキメキを盛り込んだ空気のように各地に鳴り響いた。また、オーディション番組出身の歌手たちが他の放送局の音楽やバラエティ番組出演で壁にぶつかることとは違い、番組の代わりに公演を中心に活動し、チャン・ボムジュンのイラストが加わったある通信事業者広告のCMソングをヒットさせるなど、自分たちのペースを失わずにいながらも、実のある一年を送ったBusker Busker。来年の春もぜひ会いましょう

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毎日あなた王 ソン・ジュンギ

真っ白な顔で子どものように笑ってもカリスマ性が感じられる。KBS「世界のどこにもいない優しい男」でカン・マルの愛と復讐が事実上盲目的に近かったにも関わらず、多くの女性たちが感情移入できたのは、声を荒らげなくても低めの声と優しい目つきだけで“男”の魅力を見せてくれたソン・ジュンギのおかげだった。デビュー5年目、様々なジャンルとキャラクターをこなしながら、地道に信頼を積み重ねてきた彼が愛される理由は、澄んだ美貌と安定した演技力だけでも十分かもしれない。しかし、映画「私のオオカミ少年」で台詞一つもなく、目つきと身振りを通じて言葉にできない様々な感情を表現し、たくさんの女性客に再観覧に続き“待て”を練習させたソン・ジュンギの魅力は、まだ底が知れない。そのため、これからも毎日一緒にいたいこの男、ああ、すてき。チュチュチュチュ!

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生存王 miss A スジ

“miss A スジ”ではなくて、ただのスジだ。アイドル、特にガールズグループが目立つ結果を出せなかった今年、スジは自分の名前だけで多くの人々に最も愛された少女だ。映画「建築学概論」で向こう見ずでありながらも、すまし顔の音大新入生ソヨンが、あれほど生き生きとした女の子に描かれることができたのは、スジの澄んだ顔の上に浮かんだ二十歳の表情と目つきのおかげだった。miss Aの活動以外にも、様々な番組やイベント、インタビューで1年間ずっと休まずに活動をし、イメージが使い切られてしまうことを憂慮されることもあったが、スジがキラキラと輝く瞬間は予測し難いプレゼントのように訪れる。KBS「ギャグコンサート」の舞台で“ゴロン”と転んでもめげずにパッと立ってキム・ジュンヒョンとのキス疑惑を釈明し、文章は下手だが真心を込めた映画評をTwitterにつぶやいたりするこの凛々しい少女のサバサバした笑いに、微笑まないことはなかなか大変だ。

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最高王 PSY


PSYと「江南(カンナム)スタイル」を除いて、2012年を、また2012年の世界を論ずることは不可能だ。米ビルボードのHot 100チャートで7週連続2位となった曲、YouTubeで9億3千万を超える再生回数で歴代最多の再生回数を記録したミュージックビデオ、「MTV EMA FRANKFURT 2012」のベストビデオ部門を受賞した最初の韓国人。しかしPSYは、ニュース雑誌「TIME」が選定したような2012年の「Fleeting Celebrities(つかの間の有名人)」ではない。今彼が享受しているすべては、ある日突然空から降ってきた幸運ではなく、“一人の人間に軍番2つ”という敏感な過去までキャラクターで昇華させ、汗と涙が入り混じった公演を作り、12年間積み重ねてきた時間の結果だ。固執は信念に、ポッコリお腹がスタイルへと変わる間、年を取って夫、そして父親になっても、依然として遊ぶ時は遊ぶ男。彼はついに“馬ダンス”で世界の人々を楽しく遊ばせた。どう?すごいでしょ?

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トキメキ王 ヨ・ジング

“魔の16歳”も避けていく少年たちがいる。かつてユ・スンホがそうだったように、今のヨ・ジングもそうだ。2010年SBS「ジャイアント」の幼いガンモだった頃だけでも、ただ演技の上手い奇特な子役俳優の中の一人だったヨ・ジングは、今年MBC「太陽を抱く月」と「会いたい」を通じてぐんと成長した姿を見せて、お姉さんたちとおばさんたちの胸をときめかせた。線の太い目鼻立ちと変声期を過ぎたばかりの低めの声のせいだけではない。現実的な制約にも関わらず、愛する女性を守るために身を投じたり、相手の目をそっと眺めてきちんと名前を呼ぶ姿から、恋愛ドラマの主人公として十分な存在感が示されたおかげだ。それに、カメラの外のヨ・ジングは依然として“3年生全体が友達”である勇ましい生徒会副会長であり、“激しい初恋を夢見ている”16歳の男の子だから、来年も見守りときめいてあげよう。この少年が男に成長する瞬間を。

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王の中の王 イ・ビョンホン

奥深い宮殿のど真ん中に私たちが夢見ていた王がいた。流麗さと親しみの両方を人々の夢に一緒に混ぜて、目の前で見せてくれる俳優がいた。映画「王になった男」で軽薄にお尻を振る賤民(センミン:最下層の階級の身分)と、倦怠と疲労に食われた王、そして庶民の夢を込めて教旨を読んでいくもう一人の王を見事に演じ分けたイ・ビョンホンだ。そのため、この映画に応えた1000万人の観客の心を牽引した最も強い力は彼だったことを否定することは難しい。デビュー以来ずっとスターであり、10年以上も韓国映画を代表する俳優だったイ・ビョンホンがついに、韓国では1000万人の観客を笑ったり泣かせ、ハリウッドでは無機質なアクションではなく、感情が上塗りされたボディランゲージで表現する俳優になった。演技上手な俳優、韓流スター、ハリウッド俳優、どんな名前にも容易い修辞ではなく、胸を張って堂々と応答できる名前。全国民が認める、王の中の王がいらっしゃった。

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いらっしゃい王 RUI(イ・スンチョル)

Mnet「SUPER STAR K4」で最も強烈な印象を残した瞬間は、ユ・スンウの涙でも、ロイ・キムとチョン・ジュニョンのコラボレーションでもなかった。審査界のガンダルフとサルマンのようにピンと張り詰めたバランスを取っていたユン・ジョンシンが去った場所、語彙が足りないT(ユン・ミレ)と時間が足りないPSYの間を屈せず守っていた「SUPER STAR K」の主または婦人会長イ・スンチョルは、すべての参加者に自分の家を訪れたお客さんに接するように余裕でありながらも嬉しそうな心境をさらけ出し、ついに「いらっしゃい」という不滅の流行語を残した。1対1の面談でソファーに緩く寄りかかって、片腕をかけて気だるい表情で顎を後ろに反らしながら彼が投げかけた一言、「いらっしゃい、こんな席初めてだよね?」が、きれいなアイメイクと二重まぶた、もうろうとした目つきによってさらに効果的になり、誘惑的な雰囲気を高めたおかげだ。その後、インターネット上の“合成必須要素”となった「いらっしゃい」は、「いらっしゃい、冠岳山(クァナッサン)は初めてだよね?」(ソウル大学随時面接案内のプラカード)、「いらっしゃい、早く上ってきて」(ソウル女子大学の階段)、「いらっしゃい、寒いからドア閉めて来て」(ある高校の教室のドア)など、無数の派生作を生み出している。だから、これまでよく知らなかったアマチュアの広告主たちはイ・スンチョルまでいらっしゃい~。

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ウ王 チョン・ウソン

チョン・ウソンが過ぎた恋について淡々と打ち明けた時、全国の女性視聴者たちの口は自ずと開いてしまった。およそ1年ぶりに復活したMBC「黄金漁場-ヒザ打ち導師」の初回ゲストとして登場したチョン・ウソンは、映画「ビート」で最高の青春スターになる前、貧しかった幼年期と夢のなかった青少年期から話を始め、どんな苦労や大変さも回顧する態度は、むしろ彼の一言一言に集中させた。そして、一夜にして“スキャンダル”になってしまった恋の相手について彼が表した愛情と配慮は、有名人の私生活をただ興味深いゴシップとして見つめていた視線を恥ずかしくさせたりもした。これまでに放送された数多くのトーク番組の主人公の中でも、チョン・ウソンがとりわけ輝いていて、見ている人々をときめかせたのは、デビューと同時にイケメン俳優の代名詞として浮かび上がり、手の届かないほど遠く感じられた人が、平気でドアを開け、人々を、そして世の中をまっすぐ見つめながら投げかけた真心とその真心がよく熟してにじみ出ていた態度のおかげだっただろう。つまり、私たちが必ずしも外見だけでチョン・ウソンを愛してしまったのではないということだ。本当だ。

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義慈王 チョン・ヒョンドン

音楽業界にも商道徳が存在し、別れにも礼儀があるものだ。9月までヒョンドニとデジュニ(チョン・ヒョンドン、Defconn)として活動していたチョン・ヒョンドンは、たった2ヶ月後にはLeessang キルとトゥンズを結成した。これは“ヒョンドニに鉄の毒気が生じて”清渓川(チョンゲチョン)に新しい金のネックレスを買いに行ったスタイリストDefconnの真心に対する裏切りというよりも、1つ年下なのにも関わらず、「チョン・ヒョンドンはトンカツを売るイエス様」と丁寧にもてなしていた年上のDefconnの義理を踏みにじる行為だ。しかし、MBC「無限に挑戦」の“ミゾンゲオ(「狂った存在感ゲファ洞のオレンジ族」の略語)”を超えて、MBC every1「週刊アイドル」をアイドル版「ラジオスター」として仲間入りさせ、感覚のある作詞家であり、中毒性のあるボーカルを持つミュージシャンとして新たに位置づけられた魔性の男チョン・ヒョンドンを見つめる視聴者の心は、ヒョンドニが側にいてもヒョンドニを懐かしむDefconnと同じだろう。やはり名曲と名作ギャグはお尻から出てくるものだ。よく見ろ、これが努力派の義慈王だ。双子のお父さん、最高!

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意志王 キム・グァンス

始まりはTwitterでの短い一言だった。足を怪我したT-ARA ファヨン(現在は脱退)がTwitterに「場合によっては意志だけでは無理な時もある」と言う文章を掲載すると、他のメンバーたちは“意志の差”についてそれぞれの見解をコメントとして掲載し、“ファヨンいじめ疑惑”が浮上したが、それ以上事態が大きくなるとは誰にも予想できなかった。しかし、騒動から5日後、「ウンジョンは靭帯を損傷したことがあり、ジヨンは鼻骨にひびが入ったこともある。団体生活とは誰か一人が突出した行動をすると、メンバー全員が影響を受ける」というコアコンテンツメディアのキム・グァンス代表の重大発表と共に、ファヨンは“自由契約歌手”の身分になった。放出か開放か、議論が過熱し、ウンジョンのSBS「5本の指」の降板など引き続き痛手を負ったが、キム・グァンス代表は悪化した世論を抑える代わりに、1週間でT-ARAの自筆の謝罪の手紙を公開するという勝負に出た。続いて“第2のSee Ya”であることをはっきりさせた4人組の女性グループTHE SEEYAと男女共学出身の3人のメンバーが所属する7人組のボーイズグループSPEEDまで披露をしたことから、その驚くべき推進力と意志にはさすが拍手を送りたい。

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破壊王 キム・ジェチョル

“一人の力”とは、そもそも平凡な個人が意志と信念で大変な現実を改善していく時に使う表現だ。しかし、逆にこれは一人に不適切な力が与えられた時、どれほど凄惨な結果が発生するのかを意味したりもする。MBCキム・ジェチョル社長がまさにその生き証人だ。2010年、彼が“天下り議論”と共に就任して以来、MBCは抵抗と懲戒の間で1000回以上も揺れ、今年、MBC労組は“共営放送正常化”に向けて170日間の長期ストライキを敢行した。しかし、数億ウォンの法人カードの決済内訳、舞踊家J氏への直・間接的な支援など、数多くの疑惑にもキム・ジェチョル社長が屈せずその座を守る代わりに、仕事場から追い出されたのはストライキに参加した職員たちと「PD手帳」の作家全員だった。また、「ニュースデスク」の時間帯の変更と跛行報道、毎日シットコムと「ユ&キムの遊びにおいで」の突然の打ち切りなど、爆弾を回すような経営が続く中、「来年は1位奪還」を叫ぶ社長の覇気が生む事態は、想像をしただけでも脛骨を蹴られたかのように骨が痛い。

記者 : チェ・ジウン、キム・ヒジュ、イ・ガオン、ハン・ヨウル、イ・ギョンジン、翻訳 : ハン・アルム、編集・デザイン : チャン・ギョンジン