ファン・ジョンミン「“時代遅れのおじさん”にならないことを常に心に留めている」

ファン・ジョンミン「“時代遅れのおじさん”にならないことを常に心に留めている」演技という道、その終わりが分からない未知の領域をファン・ジョンミンは登って、また登った。映画「国際市場で逢いましょう」「ベテラン」「ヒマラヤ」の3作品が興行トップに軟着陸した2015年は、おそらくファン・ジョンミンにとって大きな慰労と喜びを与えてくれた年として記録されるだろう。だが、彼にとって記録より重要なのは、その華やかな時間の中で絶えず自分を引き締め、整え、固くなったある気持ちのようだった。休まずまた一歩ずつ踏み出すファン・ジョンミンの道の終わりは果たしてどこだろう。

―「ヒマラヤ」の完成本は試写会の時に初めて見ましたか? とても満足したような印象でした。

ファン・ジョンミン:もちろんです。自分の映画なのに満足しないわけがないです。「僕たちがこんな映画をやり遂げたなんて!」と思いながら見ました。撮影中、何度も「やり遂げられるだろうか?」という問いの連続だったからです。「ベテラン」のような映画はたくさん撮ったので、どうすれば観客が喜ぶかという勘があります。でも、山岳映画は撮ったことのある人が1人もいないので、ピンとくることがないんです。スタッフたちも、俳優たちもみんな“無謀な試み”をするような気持ちで撮りました。「どうせやるなら上手くやってみよう。次の山岳映画を撮るチームが僕たちの映画をリファレンスにできるようにやってみよう」と思いながら、歯を食いしばって作りました。

―クランクアップの日に涙を流しましたが、映画の撮影が終わって泣いたのは初めてだったと聞きました。

ファン・ジョンミン:はい。本当にたくさん泣きました(一同笑) ポータルサイトで公開されたメイキングフィルムではなく、スタッフたちの苦労が盛り込まれたメイキングフィルムがありますが、打ち上げパーティーの時、そのメイキングを流したら涙の海になりました。それをVIP試写会の時、家族上映館で流したら、その時もまた涙の海でした。監督も泣きました。あまり泣かない人なのに、感謝の挨拶をする時に感情が込み上がってきたようです。僕も、撮影現場にいた演出部もみんな驚きました。

―単に苦労したという意味の涙ではなかったと思いますが。

ファン・ジョンミン:もちろんです。単純に苦労したこととは次元が違います。撮影現場で僕たちは団結した一つのチームでした。スタッフと俳優に分けていませんでした。重い機材が多かったのですが、それを女性スタッフに持たせるわけにはいかないので、男性俳優とスタッフたちが分担して運びました。僕の場合、隊長としての責任があるから一番重いものを持って先頭に立ちました。隊長が軽い荷物を運ぶわけにはいかないじゃないですか。北漢山(ブカンサン)の頂上から下まで毎日登ったり下りたりしたと思えばいいんです。宿舎は頂上なるのに、撮影は下で行われたんです。下山は1時間30分、登る時は2~3時間ぐらいかかりました。

「後悔するなら、最初からやらないか、やると決めたら、後悔を残さない!」

―自動的に運動にもなったと思います。

ファン・ジョンミン:ネパールとモンブランに行ってきてから、北漢山で撮る時は体が軽い感じでした。スタッフたち皆が「(簡単だと言うように)これぐらい!」という感じでした(一同笑) 北漢山の白雲台(ペグンデ)まで一般的に1時間30分がかかるらしいですが、僕たちはそれを30分で登りました。だから、とても特殊な状況だったんです。そんな状況をスタッフと俳優全員が団結して乗り越えました。

―ところで、先ほど言った「自分の映画なのに満足しないわけがない」という言葉が非常に印象的です。結果が期待に及ばない場合はないですか? 満足というのは終わりがないですから。

ファン・ジョンミン:たった一度も、本当にたった一度も自分の映画を見て満足しなかったことはありません。観客がおかしいと言っても、僕は無条件に満足しました。なぜなら、自分の実力がそれぐらいだから、そうやって撮ったのです。器がそれぐらいだったんです。できないことを見せることはできません。その中で僕は努力するだけです。ただ、そんな経験は大きな勉強になります。次回は絶対こんなミスは犯さないと思うんです。

―決して簡単なことではないと思います。人間は後悔する存在だからです。

ファン・ジョンミン:絶対に後悔しません。後悔するなら、最初からやらないか、やると決めたら、後悔を残さない! その2択だけです。

―そんな自分の性格をよく知っているから、撮影現場でより熾烈になる部分もあると思います。

ファン・ジョンミン:その通りです。「ヒマラヤ」の場合、特にリファレンスになる作品がなかったから、撮影現場で気を配らなければならないことがより多かったんです。実は山に登る時は凍傷にかかるのでゴーグルとマスクは外しません。でも、ゴーグルをかぶっていたら、誰が誰なのか見分けることができず、台詞も聞こえないんです。だから、スーパーバイザーをした登山家たちとたくさん悩みました。常に様々な可能性との戦いでした。

―(この質問には映画のストーリーに関する内容が含まれています) 映画を見ると、故パク・ムテク(チョンウ)隊員の妻(チョン・ユミ)が遺体を収拾する遠征隊に諦めることを勧めながら、「お兄さんは山が好きみたいです。隊員たちと一緒に山に残っていたいみたいです」と言います。少し慎重になる質問ですが、それを聞いて故パク・ムテク隊員の立場では死んで山と一つになりたいかもしれないとしばらく考えてみました。果たして連れてくることだけが正しいのだろうかと思いました。

ファン・ジョンミン:実際に故パク・ムテク隊員がいるところは望遠鏡を通じて見えます。頂上に行く道に彼がいるんです。だから、全世界の登山家たちがその遺体を踏んで山を登ることになります。

―それはまた完全に違うレベルの問題ですね。

ファン・ジョンミン:そうなんです。だから僕はオム・ホンギル隊長の意思が十分納得できました。彼が表示板として使われることが嫌だったんです。それが韓国人の感情です。韓国人が持つ力でもあります。全世界の山岳史上、こんなケースはたったの一度もありませんでした。危険だからです。救助しに行って、ややもすれば死ぬかも知れないんです。自分の体だけでも大変なのに、遺体を連れて降りてくるなんて普通の精神ではできません。本当にすごいことです。

―今回の映画を撮りながら、寂しさを頻繁に感じたと聞きました。

ファン・ジョンミン:信じられないほど寂しかったです。隊長の役割を担っていると、隊員たちに大きな声を上げなければならない時があります。事故が起こるかもしれないからです。また、率先しなければならない時も多いです。そうすればこそ、隊員たちに大声を出すことができます。自分は何もせず、隊員にさせるばかりでは完全に悪者じゃないですか。そんなことを言われたくないから大変とは一言も言いませんでした。僕も高いところでは恐怖を感じました。僕も人間だからです。それでも、みんなには「僕は大丈夫。僕は登山家向きかもね」と言いました。その後、一人で部屋に入っては「僕は何のためにこんなに頑張っているんだろう」というに自己恥辱感を抱きました。

―自分との戦いでしたね。

ファン・ジョンミン:本当にそうだったんです。撮影しながら「どうか1人も怪我をしないように!」「事故なく無事に終わるように!」ということだけ思っていました。だから、そんな強迫があったから、撮影の最後の日に「さあ、すべての撮影が終わりました!」と言われた瞬間、崩れたんです。心の中の大きな重しがなくなって、感情が込み上がってきたんです。いい年の男が大声で泣くなんて、恥ずかしいです(笑) それほど、僕には大きな重みがありました。

―年を取るほど、男は涙もろくなるらしいです(笑)

ファン・ジョンミン:それはそうです。ハハハ。でも、僕はよく涙く方ではないんです。ただ、そうなんだと思うだけなのに、その時は感情が込み上げてきて我慢することができませんでした。

―先ほど話したように、もう撮影現場で先輩になっています。どうですか? 若い頃、先輩たちの間にいる時と今のように……

ファン・ジョンミン:(質問が終わる前に) あの頃の方が良かったです。甘えることもできました。スタッフたちともお酒を飲みながら遅くまでよく遊んだのに、今は早く帰ってほしいと思われる年齢の人になってしまいました。お金だけ出して早く帰ってほしいと思われる人になったんです。

「愛という感情の話をする時、一番幸せです」

―何か寂しい感じがします。

ファン・ジョンミン:でも、そんな瞬間は来ます。どうすることもできません。「ヒマラヤ」を撮りながら、そんな部分がたくさん勉強になりました。隊長として、映画を引っ張っていく人として、俳優ファン・ジョンミンではなく、ファン・ジョンミンという一人の人間として、「ある瞬間、こうなったね」と思うんです。そんなことを当たり前のように背負わなければならない年齢だと思います。たぶん今後はそんなことがより多くなるでしょう。それで、「かっこ良く年を取っていきたいと言うばかりではなく、“時代遅れのおじさん”のように行動しないこと」を常に心に留めています。そんなことを今回の作品でたくさん勉強しました。

―40代の男性は自分がイヤなおじさんになったらどうしようという不安を抱いているように見えます。

ファン・ジョンミン:そんな不安があります。自分がイヤなおじさんに見えたらどうしようと思うんです。自分も知らないうちにイヤなおじさんになることもあります。なおさら自らその部分をより意識して勉強しなければならないと思います。そうすれば、俳優としてかっこ良く年を取っていけると思うんです。僕は50~60代でも恋愛映画を撮りたいです。そのためにはかっこ良く年を取っていかなければなりません。僕は本当に60歳にも恋愛映画を撮るつもりです。笑わないでください~(笑)

―笑うどころか、楽しみにしています。30代には「ユア・マイ・サンシャイン」「ハピネス」に、40代には「傷だらけのふたり」に出演しました。ファン・ジョンミンが描く50代の恋愛映画も気になります。

ファン・ジョンミン:僕は恋愛映画が大好きです。愛という感情について話す時が一番幸せだからです。愛は皆が知っている感情です。観客もみんな愛に心を痛めたり、喜んだことがあります。だから、愛が持つディテールをすべて知っているはずです。恋愛映画は1回の瞬きでも違う雰囲気を出します。そのような細かい部分を上手く演じた時に来る快感はきっとあるはずです。だからすごくやりたいのに、上手く作れないから制作者たちに「やろう! 恋愛映画をやらなければならない」と叫びます(笑)

―誰もがよく知っている感情だから、むしろ制作が難しい部分もあると思います。それが恋愛ジャンルが多くない理由だと思いますか?

ファン・ジョンミン:えーと、あまり観客が入らないから?(笑)

―ハハ。鶏が先か卵が先かの問題のようです。

ファン・ジョンミン:そうなんです。素敵な恋愛映画がないのも問題です。愛という感情を詳細に描くより、商業的な部分で妥協することもあるんです。かつては春はファミリー映画、夏は大作映画、秋は恋愛映画のような公式がありました。むしろ、その時の方が良かった気もします。最近はそんなことなく、成功しそうなジャンルばかりに映画が集中するから残念です。

「2015年を表現するとしたら、『マジ! 大ヒットだ~』」

―「ハピネス」もそうだし、「傷だらけのふたり」も、ラブストーリーのキャラクターにもかかわらず、一方的に悪い男の役を演じました。善と悪が共存する立体的な感じかな……その反面、1年間愛された「国際市場で逢いましょう」と「ベテラン」「ヒマラヤ」の役では優しいイメージが強いです。

ファン・ジョンミン:僕はキャラクターを考えて作品を選んでいません。物語を見て選んでいます。物語の中でキャラクターが生きており、息をしていると信じています。面白いストーリーで観客と心を通わせてこそ、人物が生きていると思っていて、ストーリーはそれほど面白くないのにキャラクターだけ良いのは意味が無いと思います。僕が一番嫌なことです(一同笑) 2015年は偶然にも優しい人物ばかりを演じましたが、今年はチョン・ウソンと共演する映画「アスラ」(監督:キム・ソンス、制作:サナイピクチャーズ)が待っています(笑) 「アスラ」で演じるパク・ソンベは悪の元凶です。一見すると立派な政治家ですが、中身は悪の渦の人物です。あ、難しいです。キャラクターの中に少し独特な面もあり、図太い面もあって、表現するのが難しいんです。政治家にある特徴です。口と目が別々に動いてる人……(一同笑)

―素晴らしい演技派俳優です。「新しき世界」ジョンチョンの場合、外見はどう見ても悪人でしたが、中身は純粋さのある人物でした。「アスラ」のパク・ソンベとは正反対です。演技をする立場でどんな役が一番難しいですか?

ファン・ジョンミン:「アスラ」の方が難しいです。本当に難しかったです。最近、人物をどう表現すればいいのか、常に悩んでいます。大変です。

―2015年、ファン・ジョンミンさんは韓国映画に欠かせない存在です。一年間で観客動員数3000万人を記録しました。

ファン・ジョンミン:クレイジーです! 祝福でもあります。僕の人生で2015年を表現するとしたら、「マジ! 大ヒットだ~」です。人生で自慢できる一年になったということは、本当な幸せなことです。そのような祝福された年を送ることができたのは観客のおかげです。本当に感謝しています。

―俳優ファン・ジョンミンの人生で忘れられない一年はありますか?

ファン・ジョンミン:「ワイキキ・ブラザーズ」を撮影した2000年が忘れられません。助演ではあったけど、初めて大きな役を演じました。その映画のおかげで今の僕がいるのです。今でも記憶が鮮明に残っています。僕の名前が刻まれた赤い椅子をもらった瞬間を。撮影現場で一度も座りませんでした。とても座れませんでした。

―俳優にとって自分の名前が刻まれた椅子を初めてもらった瞬間はとても大きな意味があると思います。そのような理由で質問しますが、自分の椅子がない方々が撮影現場にはもっと多いと思いますが、椅子一つでとても複雑な感情が行き来します。

ファン・ジョンミン:そのような理由で僕は現場で椅子に刻まれた名前を消したり、取ったりします。「今すぐ取ってくれ、恥ずかしいから」とお願いします。誰もが座れる椅子を用意することをお願いします。椅子が重要なのではありません。ただ、初めてもらう椅子は意味が違います。それは本当に大きいです。その力で今でも一生懸命に頑張っています。その椅子は、今も僕の家にあります。僕の机の椅子になっています。子供が椅子の上で遊んでいるので、今は椅子の布が伸びました(笑)

―演技と登山は何かを乗り越えるという共通点があります。程度の差はありますが、演技に限界を感じたことはありませんか?

ファン・ジョンミン:常に感じています。新しい作品を始める時、受け取った台本に「どうして?」と書きます。「どうして? この時期にこの人たちとこの作品をしているんだろう。この人物がこの状況でこのような台詞を言うんだろう?」と常に質問を投げかけます。チンピラ役であれ、刑事役であれ、再度演じる可能性があります。だから、「新しき世界」のジョンチョンが、「ベテラン」のソ・ドチョルが見えてはいけません。キャラクターを構築するのに確かに限界があります。そのような限界を乗り越えようと努力します。

―2月にまた、「検事外伝」が公開されます。本当に仕事熱心ですね?

ファン・ジョンミン:牛のように働くという言葉があります。牛よりも熱心に働いているようです。最近の牛はこんなに働いてないし、ハハハ。

―時間が経つのが怖くて、もっと仕事熱心になったのではないでしょうか?

ファン・ジョンミン:その理由もあります。時間がもったいなくて。それに、40歳を越えてから演技をするのが楽しくなりました。こんなに楽しいのに時間が経つのが早くて、もったいないんです。今は、僕にとって一番最高の時期だと思います。後悔しないように今の時間を過ごしたいです。

記者 : チョン・シウ、写真 : ク・ヘジョン、翻訳 : ナ・ウンジョン、チェ・ユンジョン