「ヒヤ」INFINITE ホヤ“演技をするその瞬間、鳥肌が立つほど気持ちがいい”

ホヤの夢は世界最高である、歌手として。2010年グループINFINITE(インフィニット) でデビューし音楽界で幾度も頂点に立ち、全世界を渡り歩きながら公演をしながらも、夢を叶えるため毎日絶えず自分自身を磨いている。またほかの夢もある、俳優として。うまい具合に作られたイメージのスターでなく、演技のうまい俳優になることだ。「演技をするその瞬間は鳥肌が立つほどいい」という彼は、「俳優として色んな作品の色んなキャラクターを、できる限り沢山やってみたい」というのが欲心といえば欲心でもある。tvN「応答せよ1997」ではか弱く繊細なカン・ジュニをはじめに、SBS「仮面」の世間知らずなピョン・ジヒョク、映画「ヒヤ」のアイドル志望イ・ジノを演じ、ホヤは少しずつ成長している。後に自分が描く本当の俳優の姿として残るために。

―「ヒヤ」を2014年に撮影したと聞いている。2年越しで世に出された映画を見てどうだったか。

ホヤ:撮影は2014年の秋頃に始まり冬に終わった。完成した映画は、少しでも早く見たくて、技術試写会という所で初めて見た。当時最善を尽くして臨んだが、映画は初めてだったので自分が上手くできたかできなかったか、これだけ確かめようとして内容は全く入って来なかった(笑) それでVIP試写会の際に全体的にちょっと見て、人々の反応も確認しようともう一回見た。その時も落ち着いていられなかったのは同じだった。一人でもう何度か見るつもりだ(笑) 映画の上映を控えてかなり心配だったが、試写会の打ち上げで、チョン・ギョンホ先輩が映画の中で一番良かったシーンは、僕が母親に話すシーンだったと言ってくれた。「倒れたら起きあがればいいのに、今回は一人で起き上がれない」と言った時の演技で真正性が感じられたと話してくれた。実は、自分が演じておきながら「ああ変かなぁ」とずっとそう思っていた。先輩の言葉のおかげで自信が持てた。

―先ほど話した場面が、演じながら一番没頭したシーンだったのか。

ホヤ:その演技をしたのが、足を怪我したばかりの時だ。怪我をしたことで非常にストレスを受けていた時期だった。倒れて再び起き上がろうとするのに、起き上がれないジノの状況と僕と似ているように思えた。僕は小学校を卒業後、親にどこが痛いとかどこに問題があるとかいう話を一度もしたことがない。それが、そんなことを母親に言うシーンだから…色々とこみ上げた。本気で。

―映画クランクアップの後に、INFINITE Hのユニット活動、ドラマ「仮面」の撮影、INFINITEの完全体の活動など、様々な経験をした。このような時間を過ごした2016年のホヤが、2014年に演技したホヤを見ると感無量だったと思う。残念な部分もあったと思える。

ホヤ:僕もそう考えていた。ダンスや歌など3ヶ月、6ヶ月前にやったのを見ても「本当に下手だったんだな」と感じる。演技も同じだ。良く言えば「この間に成長したな」で悪く言えば「あの時は上手いと思っていたが、下手だったんだな」などと考えたりもしていたが、今回の映画を見てはこんな考えだった。「あの演技はちょうど二十四歳の僕だからできたような感じ」今ここでやれと言われたらするけど、前とは違うようにするはずだ。演技に正解はないように、上手い・下手の概念ではない。「ヒヤ」で僕が演じたジノは、その時の僕に一番似合っていた。理由はわからないがそんな気がする。

―映画の中のキャラクターの話をしていると、ジノは大邱(テグ) の方言が激しかった。アイドル歌手になるためにオーディションを受ける場面で審査員が「方言を直してこい」という話をするが、実際にデビュー前に方言のために苦労したことがあるか。釜山出身である。

ホヤ:最近でも釜山の友人とよく会っているから、方言が出てくることが多い(笑) 十九歳で練習生の生活を始めた時、練習生を管理していた室長には僕が方言で話すのでたくさん叱られた。今では会社にはいらっしゃらないけど、本当に怖い方だった。歌って踊りながら練習するのは全く辛くもなくむしろ楽しかったが、方言を直すためにストレスがかかり僕の人生で一番大変だった瞬間はその時だと言えるくらいだ。室長に感謝はできないが(笑) 大変だった時期が糧になった。十九歳の男の子が3ヶ月で方言を直すのは本当に簡単ではないんだ。3ヶ月で大体のことは直した。

―ジノは歌手になるために越えなければならない峠が多かった。実力的な部分はともかくとして、耳が悪いし、警察に追われる兄がいた。キャラクターはあなたをモチーフに作られただけに、今回の試写会で気管支の具合が良くなくて歌手になれないところだったと語りもした。そのような困難や危機に直面したとき解決していく方法は何か。

ホヤ:欠点があっても挫折することなく、それをむしろ長所に変えることができると思う。欠点自体が長所になろうが、その欠点がために他に長所ができたとしてもだ。僕が直接経験したのは、子供の頃気管支が良くなかったが運動を熱心にしていると体力がついて、そうしているうちにアレルギー疾患ではあるが気管支の具合が悪くなる頻度が減少した。その頃は運動を除けば僕には何も残らなかった。親戚でさえ僕に、幼い頃から救急治療室にしょっちゅう連れていかれたほど体が弱いのにダンス歌手にどうやってなれるのか、それは天がするなと言ってる意味だぞ、と言った。やりたいこととできることは違うのだと。それでも運動をしてストレスを発散し、この運動が踊ることにも色々と役に立った。そんなことも感じたのが、僕たちのチームで僕とドンウ兄さんを除いて残り5人はダンスをしたことがなかった。だから全員で踊ってみると、上手く踊っているとはとてもじゃないけど言えなかった。最初から僕たちは「カル群舞(体を曲げる角度から指先まで完璧な刃物のように合わせるダンス)」というコンセプトにしたのではなく、欠点をカバーするために7人がロボットのように動作を全く同じように合わせようとしていた。いくら踊れない人がいても動作を合わせると上手く踊ってるように見える。ダンスを踊ったことがないという欠点が、むしろそうすることで注目を浴び、それが僕たちの長所となった。欠点があるが必ずしも悪いことだけではない。

―だけど、ジノは何故ラップが下手な人となって出たのかな(笑) 上手いのにできないふりをするのがもっと難しくないか。

ホヤ:監督がその「下手な」ラップを僕に作って欲しいと言われてから、夜も眠れないほど心配でならなかった。

―「自分がここに来たのは審査員にとっては青信号、あそこの息子にとっては赤信号」これは直接書いたのか?

ホヤ:そうだ。ギャグ番組に出てくるコメディアンの方がコントを練るのと同じだと思った。瞬間瞬間のアドリブで笑わせなくてはいけないのではなく、1つを全部完成させて本当のコメディを見せなければならなかった。かなり負担になった。台本があったわけでもなく、何から何まですべて僕にやってほしいと言われ、ラップを作って身近な友達にも聞かせた。面白いかどうか聞きながら、フィードバックを沢山してもらい修正も沢山した。Mnet「SHOW ME THE MONEY」やギャグ番組もしっかり見て練習もたくさんして、撮影当日まで緊張しながら行ったが、撮影日に披露したらカメラ監督からスタッフの方まですごくうけた(笑) そこでやっと落ち着いた。

―確かにそれを見ながらすごく笑った。

ホヤ:ああ本当? (笑) 観客の方々がどう思うかわからなくて、VIP試写会の時本当に緊張した。そこにいた人が笑うか笑わないか伺っていた。(隣にいた関係者:全員が一斉に大爆笑した) 良かった。

―(笑) 一体どうしたら下手くそに見えるよう演技ができたのか。

ホヤ:まず、拍子を合わせたらだめで、発音も悪くしなければならない。アクセントも不自然にしなければならない (笑) 一番大切だと思った点は、ジェスチャーをあやふやにすることだった。ラップが上手い方はジェスチャーも上手い。演技しながらジェスチャーとラップとぴったり合わせているように見せ、あやふやにも見えるようにした。

―それでも、ダンスが上手い役割だった。気持ちはよかったでしょう、ダンスだけでも存分に踊ることができて。

ホヤ:そうだ。それは良かった。だけど、そのキャラクターが踊りまでできなかったら、それこそ兄がプッシュしてくれてデビューしたようになるじゃないか(笑) ダンスは上手いという設定だったけど、歌手としての力量を映画の中で見せることができて良かった。もっと頑張ろうと思った。

―映画の中で初めてロードキングチームに合流したとき、メンバーが踊る姿に応答がなくて(笑) いろんな動作を教えてあげる姿が印象に残った。INFINITEとして活動する時もそう積極的に提案するほうなのか。

ホヤ:練習生の頃を思い出し、僕がアイデアを出した場面だった。僕とドンウ兄さんが会社に遅れて来るほうだった。残りのメンバーが先に練習していたんだが、さっき言ったように、ダンス自体を初めて踊るメンバーだった。映画の中でもあったように、おかしく踊ってるのではないがあまりにも下手だった(笑) 練習しているのを見て「これはまずい」となった。僕たちは練習を朝10時から夜10時まで練習をし終えた後、残って何人かにバウンスやらヒップホップの基本技を教えてあげた。

―そのようなアイデアを出したシーンがほかにもあるか。

ホヤ:授業時間に問題をかっこよく解くのだが間違ってたり、それも僕が提案した。僕のキャラクターは、見栄を張るがちょっと残念な部分が多いでしょう(笑) そんな性格を見せているので良いシーンだと思ってこうしたら良いのではと話した。元は学校で先生が「何だって、退学だと?」と言う所から始まる。そのような些細なシーンもそう、アドリブも多かった。面白いシーンはほとんど現場にいた。反応が良ければ他のアングルでも同じようにもう一度撮ったりもした。

―子供の頃思っていた夢の中で、映画監督もある。俳優として映画に参加し印象深く迫った部分があったか。

ホヤ:映画は本当に大勢で全員が集中して一つを作り出すという、そのような感動があった。現場もドラマの撮影時より時間の余裕があって全員の表情にも余裕があって、仕事でもそうだ。今回地方で舞台挨拶をして感じたのが、一緒にバスに乗って回っているのに働いている気がせず、みんな仲良く遊びながら何かをするから、より楽しくてやり甲斐があった。

―映画「ヒヤ」のイ・ジノをはじめとし、今まで、ドラマ「応答せよ1997」のカン・ジュニ、ドラマ「仮面」のピョン・ジヒョク役で演技をしてきた。それぞれの役柄はホヤにとってどんなものだったのか。

ホヤ:ドラマ「応答せよ1997」のジュニ役は演技を初めてする自分にとってぴったりのキャラクターだった。一度も演技を学んだことがなかったから全然自信がなかった。監督と台本読みをたくさんして、個人レッスンを受けるようにして学んだのだが、素質があると褒めてくださったので、撮影の際にはある程度自信を持って臨むことが出来たが、心のどこかで演技に対する確信がなかった。そんな部分がキャラクターとよくマッチしていた。ジュニは男らしいキャラクターじゃないから。もろくて小心者な部分もたくさんあったし。当時僕が慎重な性格だったのと重なったからかもしれない。それに、撮影時のスタッフや俳優との現場の雰囲気もとてもよかった。役者歴10年にもなる俳優達もこんな現場の雰囲気は初めてだと言う程だった。最初のスタートをドラマ「応答せよ1997」で演技が出来たことは印象深かった。

―始まりがよかったのか。

ホヤ:そうだ。ドラマ「仮面」のジヒョク役はある意味とても平凡な性格のキャラクターに見える。ドラマの中でも20代前半の男性キャラクターはほとんど同じである。様々な壁にぶつかり、世間知らずで少しいい加減な(笑) 実際そうじゃない? 20代後半の男性たちはそんな面があるでしょう。そんな部分が共感しやすかったし、演技しやすかった。ドラマの中で実姉役のスエさんを見ながら、たくさん学んだ。スエさんがたくさんアドバイスもしてくれた。それから監督も僕をすごく可愛がって、褒めてくださったので、とても自信がついた。

―ドラマ「仮面」で貸したお金を受け取りに行った際にやくざに殴られるシーンが記憶に残っているが、名演技だった。

ホヤ:実際、ドラマ「仮面」は撮影前に演技をきちんと学んでから臨んだ作品だった。最初に演技のレッスンを受けたから。「応答せよ1997」が終わって、演技をきちんと勉強したくて、演技の先生二人ほどに教えてもらった。レッスンを少し受けてみて、根本的に僕が考えていたのとは余りにも違った。一文字一文字の発音を直された。僕は演技はよくわからないけれど、台詞や発音は表れた結果物であって、その根本には感情が不可欠だと思う。自分の中で深く考えて理解した土台の上で演技になるけど、その結果をコーチングしてもらった。ドラマ「仮面」の前に会った先生が自分と考えがよく合った。感情を教えるというより、一緒に交流して、そうすることで一緒に練習になるのだと。その時、初めて演技をまともに学んだ。

―それでは「ヒヤ」とは?

ホヤ: 映画「ヒヤ」は自分の昔の姿を記録しておいた、ドキュメンタリーのような作品だ。この映画の中心となるストーリーはすべてが自分の話ではないけれど、ジノというキャラクターを見れば、僕(実際のホヤ) の話が7、8割入っている。監督がこのキャラクターを作った時、昔僕が受けたインタビューをすべて探して読んで、僕と実際に会って話した内容と僕が出したアイディアを元にキャラクターが完成した。演技をしながら昔のことをたくさん思い出した。

―「ヒヤ」は大邱の方言で、「兄さん」という単語だ。実の兄以外に、「ヒヤ」と呼べるような大切な兄貴分は存在するか。

ホヤ:僕は不思議なことに小さい頃から同年代とは仲が良くなかった。兄の友人たちについて周りながら、一緒にたくさん遊んだから。今はそうじゃないけど、昔そうだったのが今でも影響があるかもしれない。同い年だったら完全に同等な立場だから、序列もはっきりしていないけど、年上だったら自分が年下らしく振舞うことが出来る。だからなのか年上とは仲がいい。年上の友人たちも僕を気に入ってくれるし (笑) 2 o’clockという幼い頃から一緒にダンスをしていた年上の友人二人とは兄弟のように過ごしている。最近は作曲家チームのアルファベット(Rphabet) のイム・ユソプさんと親しくしている。本当にすごく親しい間柄だ。メンバーは家族だ! 仕事をしながら会った人たちとは僕の方が先に壁を作るタイプなので、スタッフ、マネージャー、関係者をすべて含めて自分のことを包み隠さず打ち明けられるほどの親しい人はいないと思っていた。でもイムさんはとても優しくて、僕とも馬が合う。知り合って3年位経つが、その内旅行も一緒に行こうと思う。

―INFINITEとして2010年にデビューしてから、歌手としては落ち着いたと思う。でも役者としては3作品にしか出演していない、新人に等しい。歌手としての立場と役者としての立場、その間の隙間をどのように縮めようと考えているか。

ホヤ:小さい頃からの口癖が、歌手としては本当に世界最高になりたい。音楽市場としては最大のアメリカでビッグアーティストたちと肩を並べられる程の歌手になりたいとよく言っている。今もその考えは変わっていない。そのためには今でも毎日練習生くらいに、ひょっとすれば練習生よりも一生懸命練習に励んでいる。でも演技は少し違う。最高になるのもいいけれど、それはおまけのようなものだ。演技は、ただ演技している瞬間が鳥肌が立つ程気持ちがよい。本当に、心から。演技をしていなくても、撮影現場にいるだけでも幸せだ。現場にいる人たちと楽しくわいわいしながら、演技の話をするのも面白いし。だから演技においては最高になりたという欲心は捨てて、実際そんな欲もあまりないし、ただ演技が上手い役者として、様々な作品で色んなキャラクターを最大限たくさんやってみたいと思う。

―俳優として長い目で見ているのか。

ホヤ:そのつもりだ。色んなことを少しずつ挑戦してみたい。

―「INFINITEのホヤ」と言えば、人々が思い浮かべる強いイメージがある。では俳優ホヤ、俳優イ・ホウォン(ホヤの本名) と言った時、どんなイメージを持ってもらいたいか。

ホヤ:うーん…(しばらく考えた末) 僕はかっこいい役をしたからと言って、そういうイメージがつく俳優よりも、ハ・ジョンウ先輩やチョ・ジヌン先輩みたいに、スリッパを履いて、部屋着のままでお酒を飲む演技をしても人々が「かっこいい」と言うように、そんなイメージを持ってもらいたい。結局は演技力が一番大切だ。演技の上手い俳優、人々が親しみを持てて、演技力も認められる俳優になりたい。

―俳優として成長中だが、次回はどんな役に出会いたいか。
ホヤ:今までの3つのキャラクターは全て暗い役だったので、すごく明るいキャラクターで、ロマンスコメディのようなジャンルをやってみたい。今まで恋愛する演技はきちんとやったことがないから。「応答せよ1997」でも片思いだったし、「仮面」や「ヒヤ」でもそういう感情が少しあったけどロマンス演技には至らなかった。「応答せよ1997」や「ヒヤ」で面白いアドリブもたくさんやってみたけど、アドリブも思い切り入れながら、ロマンス演技もできる、そんな役を一度してみたい (笑)

記者 : イ・ジョンファ 翻訳:前田康代‘