【姉の品格 Vol.2】イ・イルファ『応答せよ1997』出演「人間は完璧ではないということを認めて演技をする」

一輪のバラのような姿、玉が転がるように澄んだ声、鹿のように澄んだ瞳。陳腐な表現ではあるが、彼女に対するこれほどぴったりな表現は他にないだろう。不惑の歳(40代)など関係ない、女優イ・イルファはそのような女性である。tvN「応答せよ1997」でイ・イルファは、“生々しい”釜山(プサン)の方言を使ったり、夫(ソン・ドンイル)と夫婦喧嘩をしたり、H.O.T.の大ファンである娘シウォン(A Pink チョン・ウンジ)を全面的に後押しする、明るくサババしたおばさんに扮した。しかし、彼女の本当の姿からそのおばさんの姿を見つけることはまったくできない。20歳という若い頃にソウルへ上京し、SBSの放送局で公開採用されてタレントとしてデビューを果たしたイ・イルファは、決して楽ではなかった20年間を頑張って走ってきた。それにも関わらず、今でもときどき表れる彼女の純粋さは、彼女の天性であると同時に、彼女が“兄さん”と呼ぶソン・ドンイルに対して羨ましくなるほど、独特な魅力を持つ。時間をただ流す代わり、丁寧に積み上げてきた女優たちに捧げる“姉の品格”。その2番目の走者イ・イルファは、美味しいご飯を用意して一緒に食べながらゆっくり話したくなる、きれいな長姉のようだった。

「すべてのキャラクターを受け入れることができるか気になった」

【姉の品格 Vol.2】イ・イルファ『応答せよ1997』出演「人間は完璧ではないということを認めて演技をする」

写真=TENASIA

―「応答せよ1997」の“シウォンの母親”を通して、イ・イルファという女優から想像もできなかった姿を見つけることができた。この予想外の人物をどうして演じるようになったのか。

イ・イルファ:キム・ソンリョンさんが大好きで、仲良くしている。ソンリョンさんが忙しくて出演できない作品があれば、私に回ってくることがしばしばあって、だから「姉さん、ゆっくり休んで。そしたら、私に仕事が来るから」と冗談を言う時もあるぐらい(笑) 数ヶ月前、ソンリョンさんに会った時、「私、今回はイメージを少し変えてみたいと思うの。方言を使う気の強いお母さんのような役がやってみたいな」と姉さんに言った。そしたら、当時、映画「追従の王」でソンリョンさんと共演していた(ソン・)ドンイルさんが姉さんに一緒にやろうと話していた作品があるけど、自分は映画の撮影で出演が難しそうだと姉さんが言った。それで、ソンリョンさんの紹介を受けて「応答せよ1997」に出演することになった。しかし、最初の頃、シン・ウォンホ監督は少し心配をしたみたい。私が静かな女性らしい性格で、普段話す姿を見たら台本のキャラクターがまったく浮かばないはずだったから。しかし、私はうまく演じる自信があったし、初めての撮影の後、監督も私の演技がとても気に入ったと言ってくれた。だから私も嬉しくなった。

―あえて、このように突然、イメージチェンジに挑戦した理由があるのか。

イ・イルファ:本物の女優になりたかった。歳を取っているので、私ができる演技の領域はもう決まっている。キャラクターの年齢層がおばさんやお母さんから低くなることはないだろうから、ドラマをリードする主人公になることもできないだろうし。もちろん、そういうチャンスがいつか来るかもしれないけれど、私はカメラの前で情熱を燃やしたいのに、あれこれを選んでいたら、生涯10本の作品もできないのかもしれないと思えた。幼い頃は自分の選択の幅を少し狭くしたりもしたが、今は色んな経験もしたし、人生についても少し分かるようになったから、演技に対しても幅広く挑戦したいと思った。

―その結果に満足しているのか。

イ・イルファ:中学校1年生の娘が1人いるけれど、普段は私の作品をあまり見ない。娘が見たのは、CNBLUEのジョン・ヨンファさん、パク・シネさんのような若い俳優さんたちと共演したMBCドラマ「オレのことスキでしょ。」ぐらいかな。でも、今回の作品は一緒に見ながら面白いと言ってくれた。それで、「この子が面白いと思ったら、他の視聴者たちも面白いと思うんだろうな」と思った。今、出演中であるKBSドラマ「愛よ、愛」の現場でも、私と同じ年頃やもっと歳を取っているスタッフの方々が「『応答せよ1997』見たよ。いい作品だね」と言ってくれて本当に嬉しい。もし、この作品が良い反応を受けられなかったら、イメージチェンジしようとした私の努力も無駄になったかもしれないけど。愉快さの中でも穏やかに感情を引っ張っていく脚本家と監督の力のおかげで、いい結果を得ることができたと思う。

―“シウォンの母親”としてのイ・イルファは視聴者にとって見慣れていない姿だと思えるが、女優として慣れていないキャラクターを演じるためにどのような準備をしたのか。

イ・イルファ:慶尚北道(キョンサンプクト)英陽(ヨンヤン)が故郷で、釜山に高校3年生の時まで住んでいた。20歳の頃、ソウルに上京し、SBS放送局で公開採用されタレントとして活動を始めた時は、方言を直すことが本当に大変だった。その時は方言を使う母に対して「母さんとはもう話さないほうが良いかも」と言って、母の心を傷つけたりもした。でも、続けて演技をしているうち、女優にとっては方言も大きな財産と考えるようになった。そのため、今回の作品を準備しながら、しばらくの間、忘れていた方言を思い出すために、近所の慶尚道(キョンサンド)の方たちとたくさん話したり、ゴーストップ(韓国式“花札”)も点数を出すことからもう一度習った。ゴーストップは少しできるけれど、あまり好きではない分野(笑) そして、シウォンの母親のキャラクターは私の母から持ってきた部分がある。私の母も非常に大人しい女性だけど、生きていく中で大変なことがあったらイラっとする慶尚道ならではの母親の気質があるので、そういう感じを盛り込みたいと思った。

―“慶尚道の母親”と“全羅道(チョルラド)の父親”という設定も面白いが、相手役のソン・ドンイルとの呼吸が驚くほど自然である。

イ・イルファ:ドンイルさんがSBS放送局の公開採用タレントの一期生で、私が二期生だ。ドンイルさんはその時から後輩の面倒をよく見るユーモアのある先輩だった。そうやってドンイルさんとは昔から知り合いだったけど、共演は初めてだった。でも、ドンイルさんと共演ができたことは、私にとって本当に幸運だと思う。撮影の最初の頃はドンイルさんの特技であるアドリブがどんなふうに出るのか分からなくて、それをすべて受け取ることはできなかった。しかし、撮影しながらお互いのことを分かっていくうちに、私もプレッシャーなどすべてを無くして自然に動くことができるようになった。例えば、夫婦喧嘩をする途中、「殴りなさいよ!」と叫びながら突っかかるシーンがあったけれど、撮影前はどんなふうにやったらいいだろうと悩んでいた部分だった。でもドンイルさんのエネルギーを受けると私も知らないうちにより大きな声が出た(笑) ドンイルさんのおかげで、私ができる力量の2倍を超える演技を見せることができたと思う。

―仲の良い夫婦役だから、車の中のコミカルなラブシーンも話題になった。

イ・イルファ:最初の台本ではもう少し露骨な部分があったけど、監督が適当なレベルに調整してくれた。ドンイルさんの演技が面白くてワンシーンを撮るたびにスタッフたちみんなが笑っていた。私も笑う姿がカメラに捉えられたりしたけど、監督が「夫が面白くて笑ったことにしよう」と言って、そのまま撮影した。そういう余裕や気楽さがこの作品の強みだと思う。しかし、娘と一緒に見ている時、その問題の車のシーンが出て、慌てて「あら、どうしよう。悪いけど、少しの間だけ目をつぶってくれる?」と娘に話した。何だか恥ずかしかった(笑)

―勉強なんかまったくせず、芸能人を追いかけてばかりいるシウォンは、韓国の一般的な親にとって心配な娘だろうが、ドラマの中では母親がそんな娘を全面的に理解し応援する。10代の娘を育てる母親としてそういう姿をどのように受け入れたのか?

イ・イルファ:どの母親であろうと、自分の望みを後にして娘を理解することは決して簡単ではないと思う。それは、私も同じ。しかし、私が娘を見ながらいつも思うのは、この子が健康でご飯を食べて、楽しく笑っていることだけでも感謝しようということだ。同じ母親だけど、共感できないキャラクターもある。「愛よ、愛」では非常に上品な性格の母親役だけど、息子が自分が望む相手と結婚しないで他の女性を愛していると言うと、それにとても興奮して反対する役である。彼女のそういう感情は100%共感できないので、演技をしながらも大変な部分がある。しかし、シウォンの母親は、私もそうなりたいと思うし、共有したいと思う理想の母親像である。

―シウォンの母親の特徴のひとつが食事をたくさん用意するということだが、“愛の食堂車”などのボランティア活動で大量の料理を作ってみた経験が役に立ったと思うが。

イ・イルファ:その現場では本当に手を早く動かさなければならない。並んで待つ方々はご飯が遅いと怒ったりするので、そうしたら、私も傷つく(笑) そのため、野菜を切る時には素早く包丁を使い、スープやご飯をよそう時はおたまなどを素早く使うスキルが身についた。
「幼い頃は何かが間違ったら、すべて私のせいだと思った」

【姉の品格 Vol.2】イ・イルファ『応答せよ1997』出演「人間は完璧ではないということを認めて演技をする」

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―高校時代、写真のモデルで活動を始めた。今とはデビューする過程がかなり異なっていたと思うが、どんなきっかけがあったのか。

イ・イルファ:高校の時、ある日、地元の新聞で何らかのモデルコンテストの広告を見た。釜山ではそういうチャンスが少なかったので、当時、仲が良かった友達4人の中の1人と一緒に応募し、2人とも合格した。それで、趣味でモデルをやっていたけど、その時ちょうど釜山で全国写真撮影コンテストが行われた。モデルがある場所でポーズを取ったら、何十人の写真家が先を争って写真を撮り、また次の場所に移動すると、大勢が写真を撮るような方法のコンテストだった。私は子どもの頃、お手洗いに行きたくても恥ずかしくて手を上げられない恥ずかしがりやだったのに、どこからそんな勇気が出てモデルをしたのか今でも不思議に思える(笑) とにかく、頑張ってしたおかげで、金賞をもらうことができた。それに当時、non-noグループがベストドレッサーコンテストを開催した。それは“creatore”や“9To9”のような売り場で服を買い、その服を着て撮った写真で応募して、全国から届いた写真を集めてその中で一番を選ぶ方法だった。私もなんとかお小遣いを貯めて9To9の紫色のベストと半ズボンを買ってそれを着た写真を送ったら、ソウルのロッテホテルで行われた本選まで上がり、9To9のベストドレッサーに選ばれた。その賞金を母にあげたら、それまでは「あなたに何ができるの?」と言っていた母も驚いてすごく喜んでくれた(笑)

―子どもの頃、そのように内気な性格だったなら、演技を始めるのも決して簡単ではなかったと思うが。

イ・イルファ:ステージで演技をするとは、夢にも思っていなかった。モデルをしながらCMを撮ったりして、お金をたくさん稼ぎたいという漠然とした夢を持ってソウルに上京した。だけど、その当時は歌があまりうまくなくても歌手になることができる“ビデオ歌手”という歌手があって、私もミュージック雑誌の関係者から澄んだ声を持っているから歌を歌ってみたらどう?と誘われた。しかし、それを準備している途中、偶然、演劇「グッド・ドクター」に出演することになった。少女役と売春婦役という一人二役を演じることになったのだけど、少女役はキャラクター自体が緊張している姿を表現する役だったから、まだ大丈夫だと思った。でも、売春婦役は自分で受け入れることができないと思って、演出の方にできないと言ったけど、やりなさいと言われた。ステージに立った初日は演技を終えて、隠れたい気持ちになった。演出の方も少女役に関しては、初めてなのにうまくやったと褒めてくれたけど、売春婦役に関しては何も言わなかった。自分でも下手だと思ったので(笑) それにも関わらず、やっているうちに演技という作業に面白さを感じ、自分の可能性を少し見るようになった。

―新人時代の自分はどんな人だったと思うか。

イ・イルファ:とても臆病な新人だった。ミスをしたのではないか、誰かが自分のせいで傷ついたらどうしようと常に心配をしていた。何かミスをしたらすべて自分のせいだと思って、与えられたことに対しては何が何でも完璧にやらなければならないと思った。MBC「一つの屋根の三家族」に舞踊の先生役で出演するようになった時は、初めての撮影を終えて家に帰ると一日中泣いていた。あまりにも恥ずかしく、監督が私のことを気に入らなかったらどうしようと心配した。だけど、今は人間は完璧ではないということを認めたうえで演技をしている。人間は不完全でか弱い存在だけど、それを認識して直していく時、より良い結果が出るのだと思う。そのため、新人たちや後輩たちからどこか足りない姿が見えても、ぎこちない感情を表したり指摘したりしない。俳優は感受性が敏感な人たちだから、指摘したりするとむしろ傷ついて混乱するから。だから、その子たちが自信を持って自分の役割をちゃんと果たす時まで、私は笑って受け止めようと思っている。

―スターとして人気を博していた時、外国に行って数年間活動を休んだりもした。演技から離れている間、悩みが多かったと思うが。

イ・イルファ:演技を休んでいたちょうどその時、本当に良い作品を断っていた。その作品がMBC「ホジュン~宮廷医官への道~」という作品だったのだけれど、当時、私はイェジン役の交渉が来たことを全然知らなかった。後から記事を読んで、イ・ビョンフン監督が候補に上げていた女優の中に私もいたことを知った。その当時は仕事がうまくいかなかったから、そうなったんだと思ったけど、やっぱり心残りが大きかった。離れているから演技に対する恋しさも芽生えて、4年ぶりにオーストラリアから帰ってきた時は、娘も育てなければならなかったので、どこからやり直せば良いのか分からなかった。知り合いの紹介で高級時計を扱うショップでショップマネージャーのアルバイトを1ヶ月間やったこともあるけど、結構大変だった。最近、たまにホームショッピングに出演する時があるけど、「わ!この商品、本当に良いですよ。皆さん、一度使ってみてください」と言うのが元々できない性格。ショップに何の役も立たないと思って、毎日が大変だった。その時、私は演技以外、何もできない人なんだなと改めて思った。幼い頃、MCをやったこともあるけど、それも向いてなかったし、やはり台本に自分を合わせていくことが、一番幸せで、感謝することだと思うようになった。

―しかし、新人時代に出演したMBC「出発!ビデオ旅行」で、イ・イルファさんが見せた気さくで優しい番組進行が好きな視聴者も多かった。

イ・イルファ:その番組は幸いに楽しく進行することができた。生放送のように一本を丸々撮るのではなく、1つのコーナーを撮ってVTRを見て、次のコーナーを撮ってまたVTRを見る方法だったので、緊張もあまりしながったし、ホン・ウンチョルさんとも相性が良かった。今「応答せよ1997」でシン・ウォンホ監督を見ながら思うけど、俳優は番組を引っ張っているリーダーから認められるか、認められないかが非常に重要だ。
「心の余裕を持たないと、人生が辛くなる」

【姉の品格 Vol.2】イ・イルファ『応答せよ1997』出演「人間は完璧ではないということを認めて演技をする」

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―いったん休んだ演技の分野に戻ってきてからは、大胆な選択を躊躇してないように見える。去年、OCN「神のクイズ2」では病気にかかった夫と娘をまるで人形のように操るサイコパスの役に扮したりもしたが。

イ・イルファ:母親の立場で子どもを育てているので、殺人をする人でも本当に最悪な犯罪を犯す人でも、彼らがそうするしかなかった理由について考えるようになった。それは私が理解して許すという問題ではなく、彼らの人生を覗いてみると親の役割がどれほど重要なのかに気づき、私も子どもを立派に育てなければならないと思うようになる。4学期の間、心理学の勉強をしながら、そういう犯罪を犯す人の心理状態を経験してみたかったし、そういう面で感情移入ができた。

―映画「僕たちはバンドゥビ」で高校生の娘(ペク・ジ二)より、年下の彼氏(パク・ヒョククォン)にもっと気を遣うといった、少し大人げない母親の役も印象的だった。

イ・イルファ:私は人間だからそうすることもあり得ると思った。映画の中での母親のように、娘によくやってあげられなかったことを後悔して反省する瞬間も来るが、母親も人間だから自分の感情を優先する時がある。もちろん、その役を演じながらたまには「いや、これは違うな」と思ったりもしたけれど、その瞬間の感情を引き出そうと努力した。

―実際、娘にとってどんな母親だと思うのか。

イ・イルファ:本当にいい母親になりたいけど、娘は敏感な時期だから私のことがあまり気に入らないみたい。いつもブサイクだと言うし(笑) 子どもが幼かった頃は、仕事をしていて離れていた時間が多く、いい環境を作ってあげられなかったのがいつも申し訳なかった。だから、思春期だけはちゃんと守ってあげたい。イライラしたり母親を無視したりしても、それを耐えて待っていれば、いつかは元の娘に戻ってくれると思う。今も少しずつ戻ってきているし。

―「応答せよ1997」を通じて女優として新たな色を視聴者の頭に刻んだが、これからの演技人生についてどんな夢を見ているのか。

イ・イルファ:特定のジャンルに限られることなく、本当にひどい悪役をはじめ、様々なキャラクターを演じてみたい。もちろん、その中には視聴者から非難を受ける役もあるだろうし、演じたことさえ気づかれず存在感のない役もあるだろう。だけど、本当に私にぴったりな役に出会って、視聴者にたくさん愛されるかもしれない。明日、自分がどうなるかも分からないのが人生だから。だから、出番が少ない役だとしてもイメージが悪くなることを心配するより、私が演じることでより良い作品になれると信じて仕事をしている。

―幼い頃にデビューして、もう20年間演技を続けている。その間、辛い時間を過ごしたりもしたと思う。自分が通り過ぎた年齢を今悩んでいる人々のために、アドバイスしたいことはあるか?

イ・イルファ:常に幸せで、楽しくて、幸せな気持ちを持つことを望むのは、とてもわがままな考えかもしれないし、絶対にあり得ないことだ。人々は「きっと君が夢見ている通りになるよ」とよく言うけど、もちろんそう。だけど、その中には苦しみがあって悲しみもあり、時には死にたいと思えるほど辛い瞬間もある。その時、「これもまた過ぎていくだろう」という言葉のように、自分の心の苦しみを置いて、それを客観的に見れる心の余裕を持たないと、人生を生きていくことは難しい。他人の痛みは淡々と見れるように、自分がどん底に陥った時も自分に愛情を持つより、自分から一歩だけでも下がってじっと見守っていると、力が湧いて来る。そして、いつかはそのような痛みも傷も癒え、再び楽しみが訪れるはず。もちろん、それもしばらくの間だけで、また違う痛みが来るだろうけど。だから、そのことを受け止めなければならない。これは、今まで生きてきながら得た答えだ。
記者 : チェ・ジウン、写真 : イ・ジンヒョク、編集 : チャン・ギョンジン、翻訳 : ナ・ウンジョン