「王になった男」このような王をお与えください

「王になった男」このような王をお与えください

写真=TENASIA

誰も侵入できない宮殿であるが、誰の手によって殺されるのか分からないのが王座である。政局が混乱すればするほど、王である光海(クァンヘ:イ・ビョンホン)の心は不安や不信感で乱れていく。そんな光海の命令で王に代わって影武者となる人物を探すことになったホ・ギュン(リュ・スンリョン)は、遊郭で道化師をしているハソン(イ・ビョンホン)を見つけ出す。ハソンは光海と容姿がそっくりであるのはもちろん、道化師であるだけに声までまったく同じように真似できる人物である。そんな中、突然、光海が倒れて意識を失い、ホ・ギュンとチョ宦官(チャン・グァン)はハソンに王の役割を遂行させ光海が治療をする時間を稼ごうとする。王を守る護衛武士であるト・ブジャン(キム・イングォン)はもちろん、王妃(ハン・ヒョジュ)まで騙さなければならない偽者の王は、しきりに宮殿で行われる物事が不合理に思え、王の座を手放したくなる。
【鑑賞指数】
朝鮮時代の宮中オム、2012-13秋冬プレタポルテを占領…8/10点

 

「王になった男」このような王をお与えください

写真=TENASIA

王と賤民(センミン:最下層の階級の身分)。お互いの居場所を取り替えた二人のストーリーは、古今東西を問わず、繰り返して使われるテーマである。しかし、「王になった男」は主観的な理解と客観的な実践といった極めて純粋に整ったフレームを通じて、光海の座を振り返ってみる。王になったハソンは貪欲や無鉄砲な勇気をふるう代わりに、常識的で人間的な視点で判断の基準を設ける。また、政治について論じるホ・ギュンを先んじて彼が投げる質問は、他の多数のためのものであるため、むしろ斬新に思える。「王になった男」は王が賤民になって世の中を見つめる部分を省略する代わりに、道化師により変化する宮殿の様子を観客が見守ることで、皆は二人の王とともに世の中の情勢について悩む。伝えようとするメッセージははっきりと描かれている。しかし、「王になった男」は教祖的な態度や扇動的な重みに振り回されず、最後までストーリーとして自分ならではの速度を維持している。

ただ、その速度と根気は洗練されたり革新的なものではない。映画が描き出す王は思いやりや憐憫をもとにしているが、過度に理想的な彼の姿はむしろファンタジーに近い。宮殿の周りの人物たちも前と後ろが同じであるコインのように与えられた役割を遂行するだけだ。それに、映画は観客とゲームを繰り広げる代わりに、見せたいものと見たいものの美しい結合を描き出す。しかし、それが安易な選択に思えないのは、横目で見たり、顧みることなく、黙々と真っ直ぐに進むストーリーの密度と、自分の役割をちゃんと果たす俳優たちのパワーである。特に、道化師と王という極端な二人のキャラクターを演じるのはもちろん、二人の人物が一つの像に重なる時点まで感情の微妙な段階をすべて描き出すイ・ビョンホンの存在は、この映画が観客を説得することができる最も大きな力である。ドラマはもちろん、ラブストーリーやコメディまで混ぜて盛り上がる映画が、ふつふつと沸かなくても一番熱い温度に到達できることも、やはりイ・ビョンホンや俳優たちが着実に積み重ねた感情の層が厚いためである。素朴ではあるが“堅固な拳”であるため、まともに打たれたら胸の痛みが長く残るような映画である。

「王になった男」は韓国で9月13日に公開された。
記者 : ユン・ヒソン、翻訳 : ナ・ウンジョン