エディ・キム「急ぐ必要はない…楽しいから」

「SUPER STAR K4」で軍服を着てオーディションを受けた時、名前を掲げた最初のアルバムが出た時、また、様々な歌手とコラボレーションしている今も、エディ・キムは音楽が楽しい。やればやるほど興味深く、より新鮮だ。デビューアルバム「君の使用法(The Manual)」(2014)を出して丸2年になった。2ndアルバム「Sing Sing Sing」まで加わり、自身の色を鮮明にした。3rdアルバムで“固め”に入るかと思いきや、新しい挑戦をするという。曲に対する意欲も強く、大衆に多くの歌を聞かせたいという思いから始めたコラボレーションプロジェクト。エディ・キムはこれにより、知らなかった色を重ね塗りしているところだ。今は色んな所を眺める余裕もでき、自信もみなぎる。彼の次の活動、音楽に期待せざるを得ない。

―久しぶりだ。どう過ごしているか。

エディ・キム:新曲を制作中だ。もともとは5月が目標だったけれど、どうやら6月になりそうだ(笑)

―この頃は新曲を出すたびに、私の知っているエディ・キムではないような感じがする。今回も期待している。

エディ・キム:昨年4月から作ってきた曲だ。作業するために腰を下ろしてファイルを選んで始めなければならないのに、とりわけクリックしたくない曲がある。昨年からその曲には手がいかないのだ(笑) 一つの答えできちんと解決できればいいのに。

―これさえ解決できれば着々と進めていける、一つの答えとは何か。

エディ・キム:方向性のようだ。スケッチの時にメロディは完成し、コードも出てくる。だが、ギターにすべきか流行に従うべきか、テンポはどのように調整をするのか、などだ。三回ほど編曲を変えたが、それも結局決まらなかった。

―重要だと思うからそうなんだろうか。

エディ・キム:もともと一曲一曲への欲が深いのだ。その上、今度はプロデュースまでしているので、もっとそうなのかも。

―以前のソロアルバムの際は、作詞・作曲だけ手掛けたのか。

エディ・キム:プロデュースは2ndアルバムから始めた。1stアルバムの場合、曲は全部僕が書いて編曲をお任せしたりしたが、一人で家で手掛けた感じがそのまま出てきた。2枚目は一緒にする雰囲気だった。「八堂(パルタン)ダム」は作曲からプロモーションまで全てに携わった。貪欲なので事務所に一日一度は行く(笑) レコーディングをしながらギター、ベースに神経を使い、全体的にも見なければならないので容易ではない。

―エディ・キムのコラボレーションプロジェクトは、最初から計画が全て立てられていたみたいだ。

エディ・キム:全体的なコンセプトや色はない。曲ごとに雰囲気が全て異なり、その曲に最も相応しい歌手に交渉して、コラボするのだ。

―自分で曲を作って歌っているが、コラボレーションプロジェクトとは新鮮で妙な感じだ。始めることになったきっかけは?

エディ・キム:アルバムだけを出していたので、忘れた頃にまた出るような感じがあった。連打で披露できるのは何があるだろうと考え、書いておいた曲の中でエディ・キムの歌とは信じられない「何?」という反応の曲があるのだが、もう少し効果的に大衆に広めたくて始めた。「八堂ダム」も以前のアルバム「君の使用法(The Manual)」や「Sing Sing Sing」とは全く違う。

―1st、2ndのエディ・キムを記憶する人々には確かに不思議だ。

エディ・キム:1st、2ndは、コラボレーションはもちろん、フィーチャ―リングもなかった。エディ・キムに始まり、エディ・キムに終わる。勿論そんなアルバムも魅力があるが、プロジェクトはシングルなのでかえってジャンルを破壊して挑戦できると思う。

―始める過程はどうだったか。

エディ・キム:事務所に提案をしてみた。アルバムを準備する期間が長くなったので、僕の流れの方に持っていける計画を立てたいと。まずコラボを考えてみるので、常に出していけるようトライしてみようと提案した。事務所もOKしてくれたのでそうやって始まった。

―計画通り進んでいるので嬉しいだろう。

エディ・キム:新しい歌手、新しい雰囲気、また新しいコンセプトを見せるのが面白そうだった。すでに僕だけの流れができているようだ。音楽活動をしていくにも励みになる。

―こんな風にも考えることができる。歌手が自分の色を作るのは容易なことではないが、エディ・キムは2ndでやり遂げた。エディ・キムと言えば、大衆が思い浮かべる雰囲気があるのに、それをくるりとひっくり返している感じだ。

エディ・キム:僕が持っているイメージはとても強いと思う。自分でも第一印象がどれくらい重要なのか知っている。すでに1st、2ndアルバムを聞かせた以上、他の面を見せてもそれを記憶してもらえるだろう。自分が望む音楽なら、表現して当たり前だと思う。むしろ色を構築するということは、なんだかビジネスみたいなので、僕ができる範囲以内で正しい判断をすることだ。

―実際、その提案は容易なことではないだろうが、MYSTIC89だったからこそ可能だったようだ。事務所に対しても感謝しているのでは。

エディ・キム:その通りだ。そもそも、どこの歌手が事務所にやって来て、チームごとに確認をしたりするだろうか(笑) 今は本当に家族のような感じだ。昨日も事務所に行って、話すこともないのに冗談言いながら遊んでいた。事務所が大きいほど難しいことだということ知っている。僕が描いた絵、計画案の中で「君の夢を広げよ」という感じだ。僕もこれを特権だと思うし撃は二倍となるだ、だからこそ自信を持ってしているのだ。勿論そうしながら上手くいかないなら(笑) だけど自信はある。

―コラボレーションプロジェクトを通じて学ぶことも多いだろう。協業は容易ではないから。

エディ・キム:1st、2ndの時は、メジャーのレコーディングシステム、音楽が作られる過程を学んだ。今回は全体的な発売過程からマーケティング、さらにSNS管理まで多くのことを学んだ。何をしなければならなくて、何をしてはいけないのかも分かった気がする。

―歌手がそのような過程を一つ一つ知っているということは、毒にもなり得る。

エディ・キム:1stの時は、ミュージックビデオ、ジャケット撮影の予算を一度も尋ねたことがなかった。今回は自分から尋ねて、折衷案を求めながら進めていった。

―デビューして3年となった。当時とは明らかに違うはずだ。

エディ・キム:最初は、どうにかして僕の音楽を広めたくて音楽だけを作っていた。今は音楽をしっかりと広めるということも重要だと分かった。昔は「この曲は出しさえすればヒットするぞ、皆聞くはずだ」という思いだったとすれば、「このようにしたら嫌われるんじゃないかな」という考えもできるようになった。今1st、2ndを再度作るとすれば、編曲の方向が全部変わるはずだ(笑) 情熱の方向が変わったようだ。一ヶ所だけ見るのでなく、視野の幅が広くなった。

―変化を広めるのに“コラボプロジェクト”はピッタリだったようだ。

エディ・キム:アルバムとシングルはそれぞれ違うんだと思った。僕のアルバムに誰かフィーチャ―リングをしてコラボレーションをするならば、選択は容易ではないと思う。音楽の中に“公的”“私的”なものがあるとすれば、私的なものはシングルだと思う。アルバムよりはもっと果敢に挑戦できて、勇気も出せる。

―実際、最近フルアルバムを出すのは惜しい感じもする。

エディ・キム:最近音楽は消費されてしまった。1st、2ndの収録曲をシングルで出したらどうだっただろうという思いもする。そのような後悔が無いようにとプロジェクトを行っているのであり。そうやって「八堂ダム」も出せたのだ。

―「私の唇、暖かいコーヒーのように」は大きな成功を収めた。

エディ・キム:その曲は進行過程が完全に違った。パク・グンテ作曲家と会って話を交わし、「私の唇、暖かいコーヒーのように」にしたかった。編曲を僕がして、この曲に対する方向性を提示してみると述べると快く受諾してくださり、作業室で新たに編曲をして、本当に良かった。

―当時は結構人気があった曲なので、編曲が容易ではなかったと思うが。

エディ・キム:原曲に勝とうとしてはいけないという考えがあった。この曲を最も僕のスタイルで、甘美に感動を与えるにはどのようにしなければならないかという思いで作業した。絶対的な編曲であることだ。一番最初に考えたのは何を残さなければならないだろうか?だった。ラップが三ヶ所で出てくるが、ある部分のラップはとても有名だ。「君は僕のギリウィリ」を生かした。また「泣くな、すでに過ぎたことだ」というナレーションを抜くのも良くなかった。残りは反復だったから少しずつ変えた。

―素晴らしい選択だった。

エディ・キム:そう決めた後、編曲者はもう少しいた。ギタリスト、ピアニスト、そしてパク・グンテ作曲家と合奏室で新しく編曲を作った。「ここのキーはこのように変えよう」と互いに調整しながら。だた歌だけをもらってレコーディングだけするだけでなかったので本当に幸せな作業だった。その時はこの音楽を出せることだけでも心が満たされそうだった。

―パク・グンテ作曲家がいたのに、中に入って調整をしたとはすごい(笑)

エディ・キム:他の見方をすれば無礼な状況でもある。原曲者の前で(笑) だけどパク・グンテ作曲家は音楽に対してはまさにオープンだ。曲を進めることから本当にたくさん学んだ。セッションチームも全員目がキラキラして、音楽に対する情熱がみなぎっていた。外国のような印象を受けた。過程からそのような作業だった。その上、結果も気に入ってさらに良かった。一緒に作ったことで愛情も大きくなったし。編曲をしただけだが、あたかも僕の曲のように良かった。1位になってパク・グンテ作曲家と電話して、お互いにありがとう、感謝する、と(笑)

―音楽がますます面白くなるだろう。

エディ・キム:その通りだ。大衆が持っている僕に対する認識を変えたければ、新しいジャンルのアルバムを出してみることこそ良いことはない。しかし、シングル一つではガラリと変えるには足りない部分がある。変えてみたい、試してみたい時はアルバムを、何か楽しく挑戦したい時はシングルを選択することだ。

―現在どの地点だと思うか、目標は成し遂げたか?

エディ・キム:何というか、100まであるとすれば、現実的に80以上は成し遂げたようだ。大衆に知ってもらえる位置まで上がるのは本当に大変で、運がないといけないということを悟った。それだけでも幸せ者だと思う。だから80%は成功したと言えると思うのだ。ビルボードチャート1位が夢で、これを100とすれば20程度残っている。絶対、傲慢な考えでなく、それだけ初めての幸運が重要だという事だ。

―MBC「ラジオスター」出演でイメージも少し変わった(笑) かなり強烈だった。

エディ・キム:本当に恐ろしいことだと分かった。もうどこへ行っても「ラジオスター」に出た話しか聞かれない。成り行きで、遊ぶのが好きで仕事もちゃんとしない人になってしまい、そのような部分もある。また変わっていくだろうと期待している。3年ほど“オムチナ”(母親の親友の優秀な息子)として生きたので満足している(笑)

―今年は音楽番組で見ることができるか。

エディ・キム:どんな曲で、また、どの時点でしたほうが良いのかと考えている。今年は音楽をたくさん聞かせたい。本来の僕のスタイルであっても、挑戦であっても。

―今後のエディ・キムはどうだろうか?

エディ・キム:80%の幸運を失わない所で長く続けたい。急ぎたい気持ちもないし、できる能力の中で着実に音楽をしていくことが目標だ。音楽がますます面白くなっていく。同じことをしてもそれはそれで面白くて、新しいことは新しくて興味が湧くし。かえって多様で面白い。

―待っているファンに一言。

エディ・キム:どんなジャンルでどんな曲を出しても、僕が気に入ったから出すので、絶対にいい曲なはずだ。無条件に良い曲を出していくので、「どれだけ良い曲を作ろうと遅れてるのかしら」と思って下さると嬉しい(笑) 僕のスタイル知ってるでしょ、しっかり準備して出すぞ。

 記者 : キム・ハジン、写真 : ソ・イェジン、翻訳 : 前田康代