「アイドゥ・アイドゥ~素敵な靴は恋のはじまり」ラブコメディは“ありきたり?”

「アイドゥ・アイドゥ~素敵な靴は恋のはじまり」ラブコメディは“ありきたり?”

写真=TENASIA

MBC「アイドゥ・アイドゥ~素敵な靴は恋のはじまり」第1話
ラブコメディは“恋は交通事故”という命題に忠実に従うジャンルだ。「アイドゥ・アイドゥ~素敵な靴は恋のはじまり」は予想外の瞬間のぶつかり合いという内的意味ではなく、そのままの意味に従って、2人の主人公を軽微な交通事故で出会わせた。偶然の事故は何の繋がりもない2人を出会わせる最も簡単な方法であると同時に、最も飽き飽きした方法だ。「アイドゥ・アイドゥ~素敵な靴は恋のはじまり」はこうした状況でも一般的な男女関係を逆転させるやり方で、従来のラブコメディとの違いを確立しようとしている。酔っ払った勢いで一夜の過ちを犯した後も、ジアン(キム・ソナ)はテガン(イ・ジャンウ)より先に状況をまとめてから落ち着いて一日を始める。その一夜を思い出して、意味のあるものだと思うのはジアンではなくテガンだ。事故の後、先に取引を要請し、お金で権力の優位を占めるのもやはりジアンだ。

しかし、こうした関係の逆転が「アイドゥ・アイドゥ~素敵な靴は恋のはじまり」の恋愛を特別なものにするには、第1話は短か過ぎた。2人の主人公は変わった立場でそれぞれのキャラクターを作れないまま、ラブコメディで一般的な男性の役割を女性が受け継いだ状態で止まっていた。ワーカホリック(仕事中毒)でカリスマあふれる上司のジアンからは、そのキャラクターをキム・ソナが演じること以外の魅力は感じられない。仕事だけに集中して、女らしさを失いかけていることについて悩むところも、まったく新鮮さを感じない。もうすぐ閉経がくるかもしれないという話を聞いたジアンの心も、主人公たちのキャラクターを受け止める前に彼らの速い進度で進むストーリーを確認しなければならない視聴者も、戸惑うのは同じだ。ラストシーンで2人はまた偶然、道端でぶつかってしまう。この衝突がただの事故になるのか、火打石を打ち合わせるように2人の間で火花のようなエネルギーを引き出すのかはもう少し見守らなければならない。だが、後者になれなければ“男はみんなありきたりだ”というジアンの言葉のように、“ラブコメディはみんなありきたりだ”と言われるかもしれないという事実を、もう一度振り返ってみる必要がある。

記者 : ユン・イナ、翻訳 : ハン・アルム