ミュージカル「印塘水愛歌」ラブコメディに変身した民話

ミュージカル「印塘水愛歌」ラブコメディに変身した民話

写真=カンパニーダ

韓国民話「春香(チュンヒャン)伝」と「沈清(シムチョン)伝」がコラボレーションしたら、ミュージカル「印塘水(インダンス)愛歌」になる。盲目の父親シム・ボンサ(イ・ドンジェ)と一緒に暮らしているシム・チュンヒャン(イム・ガンヒ)は、使道の暴れん坊の息子であり“不思議なカサノバ”であるモンリョン(パク・ジョンピョ)と恋人になる。しかし、2人は望まない別れの後、シム・チュンヒャンはペンマダム(チェ・ガイン)に騙され、危機に陥った父親を助けるために、新しく赴任した使道ピョン・ハクド(ソン・グァンオブ)の後妻になる提案を受け入れる。その過程で「沈清伝」で背景となった印塘水(『沈清伝』でシムチョンが父親のため身を投じる湖)は、シム・チュンヒャンとモンリョンが愛を確かめ合う空間となった。少し手を加えた古典小説のキャラクターはどんでん返しの面白みを持ち、無理なく混ざリ合った2つの古典小説は、誰もが知っているストーリーにも関わらず、観客を魅了するのに十分である。

【鑑賞指数】

シム・チュンヒャン、世界のどこにもいないきれいな女性…7/10点

 

ミュージカル「印塘水愛歌」ラブコメディに変身した民話

写真=TENASIA

制作されてから今年で10年目を迎えた「印塘水愛歌」は最も韓国らしい色彩を帯びている。物語の骨格となった古典小説は、大琴(テグム:国楽器の中でズックブ(竹部)に属する功名楽器)、ケンガリ(韓国の伝統打楽器)、アジェン(弦をこすって音を出す韓国の伝統弦楽器)などで演奏される。また、イ・サンファとトチャンによる導唱(劇中の登場人物ではないが、劇の展開を歌で解説する解説者)が出す口吟やパンソリ(韓国の伝統的民族芸能:ソリックン(歌い手)とプク(太鼓)の伴奏者の二人だけで演じる、身振りを伴った一種の語り物)まで独特な魅力がある。それに、韓国舞踊を基本としている動きや「春香伝」、「沈清伝」のいくつかのくだりは、愛する人への切ない気持ちを一番よく代弁する歌としてよく歌われている。

舞台の片側に座っている鼓手(コス:太鼓を叩く人)が導唱の音にチュイムセ(合いの手)を入れたり、鳥の鳴き声から雪を踏む音まで様々な音響効果を使い、何もない舞台に季節感を吹き入れ、観客に聴覚的な楽しみを与える。ソッテ(村の守護神として竿頭に木で作った鳥を置いたもの)と閨房工芸(朝鮮時代に女性たちが作った工芸品)が置かれたステージの上にこのすべてが揃う時、「印塘水愛歌」は1つの民話として生まれ変わる。それにも関わらず、作品はミュージカルによって忠実に行われる。女性の恋しさを込めたアリアは切なく、少女時代「Gee」やペク・チヨン「銃に撃たれたように」、PSY「江南(カンナム)スタイル」までパロディーした「パンジャの歌」は、劇中で休止符として作用する。また、女装をしたアンサンブルたちがシム・チュンヒャンを嫉妬するシーンも、一般のミュージカルではなかなか見ることのできないシーンである。

「春香伝」は世の中に存在しないような愛を、「沈清伝」は父親への孝心を、それぞれ「印塘水愛歌」に盛り込んだ。しかし、この作品の最大の魅力は、そのような古典小説の偉大さに気後れしなかったことだ。親孝行なシムチョンと夫の両親に尽くして、自分自身の殻を脱ぎ捨てたシム・チュンヒャンの素直な姿が愛くるしい。シム・チュンヒャンは歩くことより走ることを好み、蛇を見ても怖がらない凛々しさを持っている。さらに、じっと我慢するよりもモンリョンのすべての行動に反応し、夜逃げを試みるほど自分の感情に素直な女性だ。今回の公演で、シム・チュンヒャン役を演じることになったイム・ガンヒが、このようなシム・チュンヒャンをただ恋に落ちた一人の女性として描いて古典に頼ることなく、観客から共感を引き出すことに成功している。

公演は、韓国で12月2日までドンスンアートセンターのドンスンホールで行われる。

記者 : チャン・ギョンジン、翻訳 : ナ・ウンジョン