「ハイキック3」とうとう逆襲はなかった

「ハイキック3」とうとう逆襲はなかった

写真=TENASIA

「ハイキック3~短足の逆襲」MBC月~金夜7時45分

「ハイキック3~短足の逆襲」(以下「ハイキック3」)は、明日にはまた違うエピソードが繰り広げられるような、何の結末もないまま、多くの可能性を残して終わりを告げた。最終的に学校から去ったジウォンを除けば、全員が元の自分の場所で人生と愛を育んでいくことになるエンディングは、今まで「ハイキック3」が守ってきたリアリティーの枠を飛び越えなかったという点では、最も無難な結末だったといえるだろう。もしかしたら、この結末は「ハイキック3」の世界が縮小され、これ以上事件も変化も起こらなくなることを予想したことなのかもしれない。

眠ることで現実から逃げるジウォン(キム・ジウォン)のように、現実と向き合うことを避けている人物がストーリーの軸となり、この作品の中の時間、空間の背景としての現実は、物語にほとんど影響を与えていない。些細な日常生活のエピソードだけで物語を繰り広げてきたこのドラマの、何も起こらなかったエンディングについては、あらゆる事を時間の流れに任せてしまう魔法の呪文“1年後”と似ていて無責任な終わり方だ。

キム・ビョンウクワールドでは、人生というものは結局近くで見たら悲劇的にならざるを得ないもので、「ハイキック3」はその悲劇の前兆を最終回まで着実に表していた。ネサン(アン・ネサン)の期待は外れてしまったし、ネサンの新しい会社の名前は“可能性のない人たち、哀れな人たち”のニュアンスを持っている。 最後にジウォンの足取りが全く希望に満ちていないように見えたのは、ジウォンを取り囲んでいた憂鬱と不幸が解消されないまま、ストーリーが展開されたからだ。

第1話でネサンが空に打ち上げた花火と、最終回で家族が集まって打ち上げた花火の意味が違うように、特別な事件はなかったものの登場人物全員が時間の流れに従って変化と成長を経験した。その過程には、結末を暗示する様々な意味が隠されていた。だが「ハイキック3」が選択したエンディングは、その意味をすべて縮小して諦めることだった。今まで積み重ねてきた感情と関係、話を解決しないまま、日常生活でのある瞬間を切り捨てたことは、結末ではなく一種の継続といえるだろう。

ジソク(ソ・ジソク)は長く待った末に帰ってきたハソン(パク・ハソン)に会ったが、今まで「ハイキック3」を見守ってきた視聴者たちは、長く待ったにも関わらず最後まで逆襲を見ることはできなかった。これより悲しいエンディングがあるだろうか。

記者 : ユン・イナ、翻訳:チェ・ユンジョン